画面に映っている俳優の空気感をどう膨らませるかを考える
―大塚さんほどのキャリアになると、例えば「スティーブン・セガールといえば大塚さん」といった視聴者のイメージがついてくると思います。こうした吹き替えは、俳優を演じているのか、役柄を演じているのか、微妙な部分があるのではないでしょうか。つまり、スティーブン・セガールを演じているのか。沈黙シリーズのライバックを演じているのかという部分ですね。これはご自身の中でどのように演じ分けているのでしょうか?大塚:セガールの場合は少々特殊な部分があるんですよ。実は、セガール自身があまり芝居をしてくれないタイプなんですね。だから、こちらで芝居をつけていってしまうよりも、「(芝居を)してねーぞ感」を出しながら、台詞に立体感をつけていくというようなところに気を遣いますね。
自分の声の特徴を全面に押し出しているように聞こえているのかもしれないのですが、僕自身は画面に映っている俳優の空気感をどう膨らませるかみたいなところをすごく考えているんですよね。
―洋画の吹き替えとアニメのキャラクターを演じるのとでは、どのような違いがあるのでしょうか?
大塚:吹き替えの場合、生身の俳優が演じているので、その演技からあまり外れると画面となじまなくなってしまうという問題があります。
一方、アニメーションの場合には、生身の肉体ではなく、あくまでも絵ですから、実写と比べて情報量が少ない。となると、その少ない情報量の部分というのが、僕ら声優が演じる「のりしろ」になっていきます。その意味ではアニメーションの方が自由度は高いんですね。
ただアニメーション作品にもいろいろあって、例えばジブリ作品などでは絵が非常に細かいですから、絵自体がかなり芝居をしています。画面から出る情報量が多いので、声優がいつもの調子でやると、ちょっと“too much”になってしまうんです。画面上の表情が充分に芝居してくれているので、逆に台詞にあまり色を付けない方が、胸に迫ってきたり、画面に引っ張り込む力が増してくるという場合もありますね。
―今後のキャリアにおいて「こういう役がやりたい」など目標みたいなものはありますか?
大塚:お芝居で言えば、「言葉がしゃべれない人」の役をやってみたいですね。
通常、僕の一番の武器は「声」だと思うので、その武器をまったく使えない状態で戦わなきゃいけないという試練は、一度受けてみたいなと思っています。声優としては成立しませんから、俳優としてやってみたいと思います。やはり、「やったことない」とか、「これは手ごわい」というものに挑戦したい。
楽がしたいという気持ちは人間誰しもあると思いますし、僕ももちろん持っているんですけど「楽だな」と思っていると、やっぱりつまらなくなってしまうんですよ。
―長いシリーズなどでは慣れてきて、声優が楽になるということはあるのですか。
大塚:それはありますね。長いシリーズの最初の段階は、周りの役とのトータルな位置関係みたいなものを探りながら演技するのですが、それを体が飲み込んでくると楽になったりはします。
ただ、物語が進んでいくのでそれほどマンネリみたいなことはありません。また、「アンパンマン」のような作品では、オーディエンスの方がどんどん変わっていくので、逆に今度はぶれちゃいけないといったプレッシャーはあります。それに「アンパンマン」は、共演者が手練ぞろいなので楽しいですよ(笑)。
「なりたい」じゃなくて「やりたい」に
―「声優魂」は、声優という仕事について書かれた本ですが、生き方、仕事に対する姿勢という見方をすると、声優志望者以外にも響く内容になっているのではないかと思うのですが。大塚:あまり、押しつけがましく「やめておけ、やめておけ」といったところで、もう腹の決まった人には、うるさいだけじゃないですか。
本の中では「やめておけ」と言っていますが、「こういう現状だから覚悟がないとやっていけないよ」という話もしているんです。つまり裏返しの意味として「こういう状況の中で、折れないためには、どうするのか」を語ることでもあると思うんですよ。
厳しい環境に置かれている中で、自分が折れてしまわないためには、やはり「自分の幸せは何か」「自分のモチベーションは何なのか」ということをきちんと認識しておく必要がある。「周りからどう見られるか」ということを気にしていたら、とてもこの仕事は出来ません。
だから、例えば自分が求めているものが「ちやほやされたい」ということなのに、「実際にはちやほやされない」というのが一番厳しんじゃないかなと思うんですよね。「チヤホヤされたい」というだけなら、何も声優を目指す必要はないので、そこだけ目指してやればいいじゃないか、と思います。
それを優しく言っているつもりなんですけど、なかなか理解してもらえないというか(笑)。
―最後に、読者に対してメッセージをいただけますか。
大塚:声優だけに限らず、自分がやりたいことがわかっている人は、「別にそんなこと人様に言われなくてもあたりまえじゃねぇか」と思うでしょうから、読まなくていいと思います。でも、「自分がやりたいこと」を模索している人たちには、ちょっとでも読んでもらいたいなと思っています。
例えば、「野球やっていることが楽しい」ということであれば、プロ野球に入ってスターにならなくても、野球を楽しむこと自体は出来ると思うんです。「どうしてもプロにならなきゃいけないんだ」と自分に課してしまったら、うまくいけばいいですが、そうではない時の挫折と敗北感というのは、大きなダメージになるでしょう。
だからこそ、僕は「何が自分にとって幸せで楽しいのか」ということを、明確にしておくことが生きるうえで、非常に力強い味方になってくれるんじゃないかなと思っていますし、そこが読者の皆さんにも伝わるといいなと思っています。
―大塚さんご自身も「芝居が好き」というご自身の中の確固たる核があったから、ここまで歩んでこられたと。
大塚:今、吉田鋼太郎という役者が大ブレイクしているのですが、僕は彼が17~18年前に始めた劇団の創立メンバーなんですよ。僕は彼のことを20代の頃から知っているのですが、当時からやはり飛びぬけていました。
「彼の芝居が気に入らない」という人たちも山ほどいたので、演劇界の中央からはじかれていた時期もあったのですが、結局実力で読売演劇賞や紀伊国屋演劇賞を受賞し、今大ブレイクしているわけです。きっと若いときは僕も「ああいう形のブレイクがしたい!」と、考えていたと思うんですよね。
でも、今まで、とりあえずご飯も食べられて、やってこれた。声の仕事をいくつもやってきましたが、これほど面白い仕事ってそうそうあるもんじゃありません。そうやって、50歳になるかならないかの時に、「一体俺の人生の幸せってなんだろうな」と考えた時期があったのですが、そこで出た結論が今回の本なんです。
「声優を目指す」というベクトルがたぶん間違いなんですよ。目指してしまうと、そこがゴールになってしまう。やっぱり「演じたい」という思いが重要で。ほんの一文字、「なりたい」じゃなくて「やりたい」に変えるだけで、自分の中で、その仕事に対するイメージが変わってくると思いますよ。
プロフィール
大塚 明夫(おおつか・あきお) 声優/役者1959年生まれ。生まれも育ちも東京。文学座養成所卒業後、1988年より江崎プロダクションに所属。誰もが魅了される強靱な演技力で、業界内外に多数のファンを産み出し続けている。
代表作に、『メタルギア』シリーズのソリッド・スネーク役、『機動戦士ガンダム0083』の アナベル・ガトー役、『攻殻機動隊』シリーズのバトー役、『Fate/Zero』のライダー役、『ONE PIECE』の黒ひげ役。洋画吹き替えでは、スティーヴン・セガール、ニコラス・ケイジ、デンゼル・ワシントンなどを幾度となく演じる。趣味はバイク。愛馬であるハーレーダビッドソンをこよなく愛する。特技は、若い時分に鍛えた空手。
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