憲法の理念を大切にしてほしい――。この春、大学の卒業式で、総長や学長がそんなメッセージを相次いで放った。同志社大(京都市)で「個人主義」の大切さを説いた大谷実総長(80)の祝辞は、インターネットなどでも話題になっている。国会で改憲の議論が本格化する中、大谷総長の思いを聞いた。

■大谷総長の祝辞(要旨)

 私は、今日の我が国の社会や個人の考え方の基本、価値観は、個人主義に帰着すると考える。個人主義は、最近では「個人の尊重」とか「個人の尊厳」と呼ばれているが、最も尊重すべきものは「一人ひとりの個人」で、国や社会は何にも勝って、個人の自由な考え方や生き方を大切に扱わなければならないという原則だ。個人主義は、利己主義に反対し、全体主義とも反対する。

 日本の憲法は「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、国政の上で最大の尊重を必要とする」と定めている。

 安倍首相の憲法改正の意欲は並々ならぬものがある。自民党憲法改正草案では、「個人の尊重」という文言は改められ、「人の尊重」となっている。「個人主義を助長してきた嫌いがあるので改める」というものだ。個人主義を、柔らかい形ではあるが改めようとしている。これまで明確に否定されてきた全体主義への転換を目指していると言ってよいかと思う。

 草案の他の規定を見ても、個人より社会や秩序優先の考えかたがはっきりと表れており、にわかに賛成できない。私は個人主義こそ、民主主義、人権主義、平和主義を支える原点だと考えている。

 卒業生の皆さんは、遅かれ早かれ憲法改正問題に直面するが、そのときには、本日あえて申し上げた個人主義を思い起こしていただきたい。そして、熟慮に熟慮を重ねて、最終的に判断して頂きたいと思う。

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 ――祝辞で「個人主義」に触れた理由は。

 戦後間もないころの教育で、「これからは個人主義の時代だ」と教え込まれた。ところが次第に「個人主義」が利己主義に通じる受け止め方を世間でされるようになった。だが、「個人主義」という言葉には「全体主義」に反対するという特別な意味がある。その意味が薄らいでいるのは、憲法にとって危機的な状況とも言える。

 それと歩調を合わせるように、憲法を変えようという動きが加速している。自民党の憲法改正草案には「個人が大切にされすぎているので、もっと公の利益や秩序を大切にしないといけない」という考えが出ているように見える。

 日本の国のかたちを変えようとしていることに、気づいてない人が多いのではないか。だからこの時期、やはり個人の尊重は絶対的なものだということを明確に打ち出し、卒業生に自覚してほしいと思った。

 ――「もっと公を大切に」という考えを受け入れる若者も多いのでは。