新たな安全保障法制の整備によって、海外に派遣された自衛隊員の危険が増すのではないか――。野党側の追及に対して、政府側は「リスクの増大」を明言しようとしない。

 安保法制を審議する衆院の特別委員会がきのう始まったが、論議がかみ合わない。原因はもっぱら、安倍首相や中谷防衛相らの不明確な答弁にある。

 法案がめざすところでは、自衛隊員の派遣先は世界規模となり、任務の幅も広がる。自衛隊の他国軍への後方支援はこれまで「非戦闘地域」に限られていたが、法案では「現に戦闘の行われていない地域」に広げている。派遣地域の治安を守るための巡回、検問など新たな任務も加わる。

 自衛隊員のリスクが高まるのは明らかであり、そのことを前提としなければ、およそ現実味に欠ける。このままでは論戦自体が成り立たない。

 賛否いずれの立場をとるにせよ、特別委員会はそれを判断するために議論を尽くす場である。政府はその材料をきちんと提供しなければならない。

 リスク論争で焦点となっているのが、他国軍への弾薬の補給などの後方支援である。中谷氏は「安全が確保された所に補給基地があって支援するので、前線から離れている」と説明するが、具体的にどの程度の距離を想定しているのか。政府は一定の目安を示すべきだ。

 補給基地やそこに至るルートは、攻撃の対象となりえる。中谷氏は「戦闘現場は動く」とも説明しており、当然リスクはある。戦闘現場になりそうな場合は休止、中断し、武器を使って反撃しながらの支援継続はしないと説明するが、休止の判断は的確になされるか、それで本当に安全が確保されるのか。

 安倍首相はまた、法整備によって「日本の抑止力が高まり、国民のリスクが下がる」とも主張している。だが、抑止力が万能であるかのような説明は大いに疑問だ。

 たしかに日米安保の強化は全体的な抑止力につながるかもしれないが、それで国民のリスクが下がるかどうかは別問題だ。たとえば、テロリストに対して抑止力は意味をなさない。踏み込んだ後方支援で日本の立場が鮮明になればかえってテロの危険性が高まる恐れもある。

 その意味で、問題は自衛隊員にとどまらず、国民全体にかかわる。政権はその説明を避けたまま、海外の紛争への関与を強める大転換を図ろうとしている。リスクを語らぬ姿勢は不誠実と言わざるをえない。