▲庚申酒場
巣鴨駅から歩いて10分と少し。地蔵通り商店街を抜けたその先に、営業65年を超えるレジェンド的な大衆酒場「庚申酒場」が存在する。都電荒川線「庚申塚駅」からならば徒歩1分の距離だ。
のれんこそかかってないものの、灯りがともっていれば、やってる証し。
店主は昭和一桁生まれのおばあちゃん。65年ものあいだ、店に立ち続けている女将さんだ。
「生まれも育ちも巣鴨。ここを離れたのは、疎開のときだけだね」と歴史を感じるセリフをおっしゃっていた。
開店時間はいちおう19時からとなっているけれど、女将さんの体調や準備の段取り次第で多少左右する。この日は友人連れ6名で、開店と同時に来店したが「もうちょっと待って。20時くらいに開けるから」と言われ、いったん巣鴨をぶらぶらして再訪。65年の歴史のまえに、30分や1時間は誤差。気軽にいこう。
▲のれんは内側で巻かれていた
L字型のカウンター席のみで、9人も入れば満席のこじんまりとしたお店だ。けっしてキレイとは言い難いが、数十年ものあいだ使いこまれ、無数の酔客を呑みこんできた店内は、単なる酒場というでもなく、かといって“田舎のおばあちゃんち”というでもなく、この空間自体に命が宿っているような、生き物のような空気をまとっている。
「暑くなるから、そのままでいいよ」と入口の引き戸を半開きのまま、酔宴はスタートした。
ちこちこと小股で歩きながら、女将さんが準備をすすめる。
「ちょっと看板出すの手伝って」と言われ、黄桜のマークがはいった看板を店の外に出してあげる。女将さんの立ち居振る舞いからして、ここ最近は、看板出しは1番客の役目なのだろう。電気は点けなくていいそうだ。
椅子にはきちんと同じ柄の座布団が敷いてある。
座布団の下にあるレース状の布は、テーブルクロスを切ったものだろうか。
たぬきのはく製が置かれたカウンターには、タイやマレーシアなど東南アジアのキーホルダーやマグネットがぺたぺた貼られていた。常連さんがちょくちょく買ってきてくれるから、巣鴨から動かなくったって外国の空気に触れられるのだ。
海外どころか「いつでも行けると思っていたから、上野動物園も、東京タワーも、行ったことないよ」とおっしゃっていた。
メニュー表らしいメニュー表は店内でこれだけ。
色あせた紙っぺらに、ビールやホッピーなど6種類のメニューだけが書かれている。
「書き直すのがめんどくさいから、値段変えてない」のだそうだ。
ウーロン茶は缶を手渡される。コップに自分でうつす形式だ。
ホッピーを頼むと、レモンの輪切りを添えたコップに焼酎をなみなみ注いでくれる。
注いでくれた焼酎とホッピーの原液を、自分でジョッキにうつし、混ぜる。
濃度はこちらの加減次第。
焼酎を半分だけ注げば、1度でホッピーを2本楽しめる。
「なにかつまむもの、あります?」と尋ねると、メニュー表にこそ書かれてないけど、ちょっとだけ食べるものも用意してあるそうだ。日によって少し変わるけど、カレー、焼き鳥、おでんが基本の3品だという。
まずはお鍋でコトコト煮込まれていた、おでんをいただくことにした。
▲おでん2人前
おまかせでいろいろ盛ってもらう。大根、たまご、さつまあげ、などなど。どれもよく汁が浸みて、うまい。
引き続き、焼き鳥もいただくことに。
焼き台をぱたぱたとうちわであおぎ、頃合いをみて、焼き鳥をのせる。
しばらく焼いて、黒くてどろっとしたタレに、とぷっと漬ける。
ゆったりとした一連の動作を眺めていると、入店してから20分もたっていないのに、1時間も2時間もまったりしているような心持ちになるから不思議だ。
出来上がった焼き鳥串。見た目通り、濃厚で甘いタレがうまい。
「今日はカレーも作ってあるよ。食べてみたら?」とうながされ、お願いした。
庚申酒場のカレーはうまいと評判なのだが、日によって仕込んだり仕込まなかったりで、食べれるかいなかは運次第。鍋に作ったカレーの量も、それほど多いわけではない。こうして、1発1中で食べれるなんて、ツイている。
お肉に人参、じゃがいもごろっと具が入ったカレー。かなりスパイシーで辛いのも意外だが、ご飯ではなくフランスパンで食べるのも意外ではないか。
「ご飯は炊かないから、ご飯だけ買ってきたり、ジャーを持ってくる学生もいたよ」とのこと。近くに早稲田大学や東大の寮があったから、昔は学生さんがよく来てたんだとか。
一通り、つまむものも頼み終え、あとはゆったり女将さんとお話ししながら、チビチビやる。
女将さんはかなりの話し好き。動くときはゆっくりだけど、喋りのほうは立て板に水だ。
話しのトピックは「このあたりも一面、焼け野原だった。石油まいてから爆撃するからね」と空襲の話しをしたり、「昔の神田川は臭くて歩けなかった」なんていう東京昔話、駅伝の話しから大阪都構想といった政治の話しまでふり幅が広い。
一見で1時間半ほどの滞在だったにもかかわらず、お店を出るころには、まるで何十年も通い続けてるような、常連にでもなったような、そんな雰囲気になっていた。
お会計は、1人1~2杯飲んで、おでん食べて、カレー食べて、焼き鳥食べて6人で3,450円。1人あたま600円もいってないんだから驚いた。
なにも奇をてらったことはしていない。されども、熟成に熟成をかさねた結果、最高にして唯一無二の大衆酒場となった「庚申酒場」。遠出してでも行く意味がある。
お店の情報
作者:松澤茂信(まつざわしげのぶ)
東京別視点ガイド編集長。
るるぶとか東京ウォーカーが積極的に載せないようなとこばっかし巡ってます。
そういう人生です。けっこー楽しいです。
(編集:編集プロダクション studio woofoo by GMO)
東京別視点ガイド:http://www.another-tokyo.com/
Twitter:https://twitter.com/matsuzawa_s