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八 粋後の哲学 補足003

 投稿者:The logic in the place  投稿日:2015年 5月24日(日)23時48分13秒
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  補足03 強い意思で「だまること」と弱い意思で「沈黙すること」の違いについて

「こぶしを強く握り締めて黙ること。」私は高校時代にESS絡みのインターアクトクラブ(国際ロータリークラブの青年機関)で脳性麻痺重度障害者施設にボランティアで数年か通い続けた中で彼ら(障害者)から、このことを教えられました。個別で自宅へも通って会話した経験があります。単純に「我慢する」と言う様なことではなく、強く「黙ること」は、同じ意思を伝えることが他人に対して出来るということです。健常者である我々も同様で、会えば会話しなくても判ります。だから、先生は今、「黙っている」でしょう。
*プロファイリングにこの部分を付け加えてください、後から意味がわかります*

末端の青年部メンバーのため、表題の私の体験を付け加えます。
青年時代から今も三十数年交流のある大学の先輩(折伏相手)の話です。
同じ夜学に通い、昼は土方(私は、測量補助のバイトで境界石穴掘り専門、彼は運送会社で荷物積込専門)、夜は夜学に通い、午後9時から午後10時半の1時間半が学生自治会(部活・サークル協議)活動でした。私は学会学生部の活動と二股で、学内組織の「生命哲学研究会」を「部」に昇格すべく、学生自治会では執行委員として活動しながら、当時、自治会長であった彼を支えていました。
*この部分も弓T川Gの藤村FKに昨年記念誌を送付していますので、プロファイリングしておいて下さい(笑)*
卒業後、彼は勤務先から認められて正社員として雇用され、何と背広を着た営業職となり、私も行政書士の資格を在学中に取得していたことで、某自動車販売会社本社に正採用されて、これまた背広族の仲間入りとなりました。
それから数年後、彼から「おれ、○月から東京転勤(栄転)なんだけど、自家用車ないので間借先の引越しと空港までの見送りをしてもらえないか?」との電話があり、快諾して手伝うことにしました。田舎の実家へレンタカー(トラック)で荷物を運び、一泊して翌日にレンタカーを戻して、私の自家用車で彼を空港まで見送ることになりました。空港に向かう道中に、彼は同伴者(彼女)を乗せて見送ってほしい旨告げられて、彼女宅を経由して一路空港へ。後部座席に座る彼と彼女は終始無言でした。私はこういう雰囲気が嫌いなので、運転しながらダジャレを言うのですが、寒~い状態で空港に到着しました。手荷物もすべて東京の社宅へ送っていた彼は両手に何もない状態で、私には笑顔で「ありがとう、また連絡するから」と言い、彼女には握手して「元気で」と言って搭乗口へと進み、振り返ることなく消えていきました。私は彼女を車に乗せて自宅へ送り届けましたが、帰る道すがら彼女は号泣していました。「何もなかった」「何もしてくれなかった」と学生時代からかなり永く付き合っていた彼女だったのですが、当時、私は何のことやらと「○○さんは、そういう人です」と答えるだけで理解不能でした(笑)。数日後、彼から電話があり、「彼女、号泣してましたよ、捨てたんですか?」と私が言うと彼は「彼女は耐えられない。彼女の人生を台無しにしたくない。だから・・・」余り語らない彼の意味を薄々私は理解していました。

彼には母子家庭と言うコンプレックス(劣等感)以上に、深い闇がありました。それは「旧家の妾の子」というレッテルです。因習深い古い町で年少の頃、かなり苛めにあった体験を折伏されたときに語っていました。母親は強情様と言われる気丈な方で、面倒見は良くても鬼のような性格。彼自身、まともな結婚は出来ないと諦めていたのです。貞節な彼は、彼女を深く愛していたから何もしなかった訳で、かなり永い付き合いをしていながら、全く肉体関係は皆無、同世代のヤリタイ放題の弓T谷とは段違いですね。また、彼女は良家のお嬢さんだったこともあり、「恋は盲目」なのか、「弱い意思の沈黙」だけで、彼の深い闇を理解出来なかったのでしょう。そして空港での別れの際、彼が左手の拳を強く握り締めていたことが判らなかったです。私は彼がかなり強く我慢していたのを感じ、彼女に対して「こいつは、○○さんのこと分かってないな~」と感じてもいました。彼にしてみれば、本当に辛い別れ。また、彼は彼女に別の視点を期待していたのかもしれません。しかし、彼女は、全く理解出来ず行動もなかった訳です。これが彼と彼女の永遠の別れとなりました。
それから数年後、彼は、私と同じく?押し掛け女房と出来ちゃった婚で、なんと南の島で二人だけの結婚式をしたという写真ハガキが届きました。しかし異動で戻ってきて数年経ずして、案の定、離婚。同郷の友人の妹と再婚することとなり、現在に至っています。

彼との仏法対話で学べた点は、「神智学」を深く勉強していたことです。私も彼の影響を受けて、図書館で学びました。折伏は同苦であり、知識の共有であり、自分に大きな変化を与えてくれます。「本流1」とか「入決1」などという「数」で友人を観てはいけません。「神智学」、わかる人はわかっていると思いますが、エマーヌエル・スエデンボルグでしたか、「私は霊界を見てきた」などというカルトな和訳の本も出ています。ビクトル・ユゴーも、レ・ミゼラブルで否定的に書いています(笑)。先生の対談にも出てきていますね。どういう思想か、調べてみてください。

過去の話になりましたが、同世代の青年時代、自己を鍛えぬく生き方をしてきた者と遊び三昧、女ヤリ放題で傲慢な生き方をしてきた者の違いは、今の50代~60代になってから、その人間関係と行動(発病含む)に顕著に現われています。それは彼のように貞節で清潔感があれば、外道の論とは言え、今もって良い人間関係に恵まれているということです。この基本は「人を信ずる」と言う点です。逆に50代を超えて、不貞で不潔で、淫欲に塗れた仏法者(男女を問わず)は、その向きの人間関係ばかりが出来て、「人を信じない不信」が常に根っことなって、すべてに懐疑的になるから、未来部(子ども)も狂い始める訳です。余り付き合いのなかった学生部時代のメンバーの女房殿から連絡をもらって伺った先(内部)でも、本当に苦しんでおり一緒に題目を唱えることしか出来ませんでした。とにかく、祈って変えていくしかない辛い自己との闘いです。

酔後の哲学、BDを含む弓T川ら最高幹部の唯物論者(会員も友人も数字で観る不信感)と現場(末端)会員の違い(信頼し合う人間関係)が理解できましたか?「信じ合う者」は、強い意思で黙っているのです。その理由がわからなければ、個人を特定してプロファイリングして人間関係調べても、まったく無意味です。あとは言いません。理解不能でしょう(笑)。
 
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