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おはようございます。昨日ののび太様と同じく、
The logic in the place さま のご指摘をしっかり解明したい、そう思いました。
現在の創価全体が抱えるさまざまな問題の噴出、そして富士宮等で会員を弾圧しているその根っこ。
先日の本部幹部会で、私が引っかかったのは、先生の会長時代の映像のなかで、
会長辞任に追い込んだのは「宗門」、責任をその言葉で終始したことです。
ほんの一言でしたが、最高幹部秋谷さんらの反省文だって以前出たんですから、
本当の責任を言葉少なに伝えるなら「宗門」ではなく、他に言い様はいくらでもできる、
事態は逆行している、、、私はそう感じました。
54年のあの日、抜けるような青空の下で聞いた、池田先生の会長辞任。
あの空のようにすっきりと解明したいですね。
全会員が真相のもと、自身の信仰深めることができるように。
昭和54年問題再考001 投稿者:The logic in the place さま投稿より
投稿日:2015年 5月20日(水)17時06分14秒
会一般論を、この板が様々な角度から昭和54年問題の核心部分を明らかにしています。それは様々な書籍で展開されてきた第一次宗門問題は間違っている(全く異なっている)という事実です。
学会一般論とは、顧問弁護士の山崎正友が私利私欲で当時教学部長の原島嵩をそそのかして退転反逆させて利用したというストーリーです。これによって、法主の日達も狂いはじめ、坊主は正信会(覚醒運動)となって学会員狩りに狂奔、学会組織は全く沈黙して(ここが重要)、多くの脱会者・退転者が生まれることになりました。「ある信者からの手紙」なんて有名でしたね。
全うなジャーナリズム(丸山実など)でも、自民党やら公安が学会叩きに動いていたと主張し、この時期の日共(創共協定があるにも関わらず)も影で隠れ左翼を使って創価学会批判を展開していました(この経緯も重要)。この言論を展開した日共幹部は後に除名になっています。
しかし、事実は全く異なっていた。山崎正友や原島嵩はただ踊っていただけ、内藤国夫の情報源も矢野やらA谷だった訳で、A谷は未だに創価学会中枢に居るわけです(この点が重要)。海氏が「遠藤=原島」などと同一視したい理由は、この点にあります。つまりは、A谷氏が考える同一化。遠藤は教学部長で当時の原島嵩教学部長と同じ。A谷学会流に教学部長の反逆者だとイメージ付けしたい。第一次宗門問題は、実はA谷創価学会が仕掛けた悪辣な陰謀であり、表(先生を苦しめた山友・原島ら)と裏(先生を排除して栄耀栄華を夢見る秋T・矢野・H尋・弓T川?)と全く異なる水脈があったということでしょう。
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