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※権力者に媚を売って祈祷をしていたのですね
そういった一面もあるでしょうし、権力者が宗教と関わりを持とうとする場合に一番都合がよい
方法が「寄進」です。
なにが都合がよいかというと、一度大奥に入ると女中といえど自由な外出などは許されて
いなかったにもかかわらず、寺院の参詣という事でなら外出が許されていたのです。
また大奥内でも権力闘争がありましたので、有力な寺院を味方につけたり、再興名目で
資金提供をすることで権勢を誇れました。
大奥女中さんも旅行が出来たり、一時里に帰ることができたりして嬉しいでしょうし(笑い)
仮に大奥を退いて尼となり寄進先の寺院などに身を寄せれば、当面の生活は約束されていたようです。
(参考リンク)
大奥女中とゆかりの寺院
http://japan-attractions.jp/ja/exhibitions/the-temple-associated-with-lady-of-the-ooku/
一往、日蓮正宗では三人の大奥の人と関わりがあるとされています。
一人は、敬台院、もう一人が天英院、そして天璋院ですね。
全員、近衛家や徳川といった筋との関係があります。
当時幕府から所領を認められている寺院は年に一度、江戸に参内せねばならなかった
ようですが、こういった大奥との関係のあった法主は駕籠に乗ったままの登城がゆるされていたのです。
ある種のステータスですね。
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