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http://homepage3.nifty.com/motokiyama/nagai4/nagai4-39.html
↑敬台院と日精の関係は、この様なものではなかったのかな?と、思う日々毎日です。
以下、上記ホームページより抜粋引用。
『江戸城の大奥は将軍とその家族、大名屋敷の奥御殿は藩主とその家族が居住する空間
で、男子禁制だった。大奥や奥御殿は、いわば女だけの世界である。そこで生活する数
多くの奥女中たちは、勝手に外出するなどもってのほかだった。礼儀作法や言葉遣いは
厳格であり、一挙手一投足のすべてが堅苦しい。
そのため、たまに寺社の参詣を名目に外出するのが唯一の息抜きであり、その機会を利
用して料理屋で飲食をしたり、芝居見物をしたりと、思い切り羽根を伸ばした。
料理屋や芝居ならともかく、なかには男と密会をはかる場合もあった。
谷中に、延命院という日蓮宗の寺があった。
延命院では参詣に来た女と僧侶が淫欲にふけっているという風聞が広がり、享和三年
(1803)、寺社奉行脇坂淡路守の命により、役人が一斉摘発をおこなった。
はたして、延命院の内部は、寺社奉行に届け出た図面とはまったく異なり、美麗に改造
され、あちこちに隠し部屋も作られていた。外見は壁と見えるところに襖があった。二
階にあがると階段が持ちあがる仕掛もあった。すべて、密会用に作られたものだった。』
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