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当時の記事を引用
この清功、後日叱り飛ばされていたが処分はまだである
(発行=12.09.15)
三十三世日元が浅間宮に本尊下付
検証 日蓮正宗は何が間違っていたのか? ⑫
富士地方部長の清功が浅間神社で玉串を奉納
日蓮正宗の歴代法主の中には大謗法の者が多い。そのうち第三十三世日元は
宝暦十四年(一七六四年)、浅間神社に御本尊を書写して下付していた。
御本尊の脇書きには「本地久遠実成釋尊垂迹富士浅間宮」と記されて、書き
判は「富士大石寺三十三嗣法 日元」となっている。この日元の謗法行為は「
静岡県史民俗調査報告書」に明記されている。
時は下って平成二十四年九月七日、富士山本宮浅間大社の拝殿で中村徳彦宮
司を祭司として富士山の夏山シーズンの終わりを告げる閉山祭が行なわれた。
これには大社役員、氏子衆や崇敬者など関係者約六十人が参列。その中には法
華講連合会の理事で富士地方部長の清功(写真)の姿もあった。
お祓いの後、神職が約二ヶ月間にわたる開山の終了を報告する祝詞をあげ、
参列者を代表して清功らが玉串を奉納したことが岳陽新聞(写真中段)で報じら
れた。
日興上人は「檀那の社参物詣(ものもうで)を禁ず可し、何に況んや其の器に
して一見と称して謗法を致せる悪鬼乱入の寺社に詣ず可けんや、返す返すも口
惜しき次第なり、是れ全く己義に非ず経文御抄等に任す」と遺言された。
この謗法厳誡を貫いて、身延を離山された日興上人の御精神に照らした時、
日元の浅間神社への御本尊下付、法華講富士地方部長・清功の参拝は言語道断
だ。
それとも邪宗と化した日顕宗には、日興上人の遺言など関係ないのか。
かつて学会の森田理事長らが「中外日報」の記念行事に出席したのを「慧妙」
は謗法同座と難癖をつけた。
この度の清の謗法行為について、減らず口を叩く「慧妙」は「浅間宮には日
元上人の板御本尊が安置されているから清地方部長が参拝されたのだ」とでも
言い訳するのか?
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