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■元副講頭が惨状を暴露■
「僧侶主導の広宣流布」を掲げる日顕宗だが、そんなスローガンもむなしく、毎年のように、金
銭不祥事、女性問題、信者とのトラブルなどで処分される坊主が後を絶たない。また坊主の間では、
数字で締め付ける日如や布教部長・阿部信彰の手法に、宗門執行部への不信、不満が日増しに深ま
っており、自ら隠居を申し出る者までいる。また、一方では、公然と執行部を批判する坊主が出る
など、末寺の怒りが表面化していたが、この7月にも、騒動が起きた。
かつて支院長も歴任した長野・本立寺の瀬戸義恭(72)が、執行部に反発し、住職をクビになっ
たというのである。瀬戸は、7月初旬に、本山で査問を受けたとされ、その際に執行部と対立した
挙げ句、後任の住職が決まる前に本立寺を飛び出したという。すでに瀬戸は、親族の家に身を寄せ
ており、宗内では、僧籍はく奪か、それとも本人の申し出による隠居ないし還俗か、など諸説が飛
び交っている。何より、宗内の関心事は、このような事態に至った経緯である。まず考えられるの
が、信者からの告発による処分だ。瀬戸の言動は、これまでも地元法華講員の間で、たびたび問題
になってきた。
2011年(平成23年)7月に本立寺と決別、かつて地方部(布教区)の幹事を務め、同寺の元副講
頭だったT氏は、講中の惨状を克明に証言している。寺での唱題会で、高齢者の声が導師の瀬戸と
合わないことがあった。そこで瀬戸は、唱題会の参加者に向かって“年寄りは唱題会に来るな”と
放言。その場で壮年の講幹部を口論になった(09年4月)。
09年(同21年)6月の添書登山では、副講頭T氏がバスの集合時間に遅れると、T氏の胸ぐらを
つかんで“そんな勝手なことをするから、本立寺は、いつまでたっても折伏ができないんだ”と
激しく怒鳴りつけた。
極めつけは、同年7月、大失敗に終わった「7万5千総会」後の御講での妄言である。瀬戸は、
本立寺が参加数のノルマに届かず、日如から注意を受けたことを講員に告げたうえ、自分の無能を
棚に上げて“本立寺は何をやってもダメだ!”と講員らを怒鳴り散らした。瀬戸から執ように叱り
飛ばされた挙げ句、精神的に追い詰められ、寺に来られなくなった講幹部もいる。瀬戸の度重なる
横暴に、T氏は10年(同22年)3月、その実態を宗務院に直訴。ところが瀬戸は、反省するどころ
か、本山で査問されたことを逆恨みし、T氏の自宅まで乗り込んできたという。T氏は、指導力ゼ
ロの本山のずさんな対応にも呆れていた。すでに、この頃から、複数の講幹部が瀬戸に疑念を抱い
ていたのである。
■醜い構図が見え隠れ■
ところが瀬戸はこうした暴挙を繰り返しながら、住職の座に居座り続けてきた。それは瀬戸が、
法主・日如と親密な兄弟弟子にあたる立場だからに他ならない。ところが今回は、その日如ですら
守りきれなかった。では一体、何が起きたのか。
宗内関係者によると、「戒壇の御本尊」に関する批判が原因ではないか、というのである。
「戒壇の御本尊」にまつわる騒動といえば、かつて日顕が、御本尊を筆跡鑑定にかけたうえで
「偽物」と断定した事件が想起される。日顕にとっては、決して触れられたくない過去である。瀬
戸の父親・瀬戸日謙(元雪山坊住職)は、長年、その御本尊の御開扉を担当していた。最も近くに
いた坊主の息子が「戒壇の御本尊」について何か言い出せば、その影響は小さくない。そこで、何
か騒動が起きて、自らの偽物発言が蒸し返されると都合が悪い日顕が、騒ぎが大きくなる前に瀬戸
を追い詰めた、という見方が出ているのである。
また、今回、瀬戸の言動を執行部に注進した者として、日顕の弟子の坊主の名前が挙がっている
という。ここでも、日顕対日如の醜い構図が見え隠れする。いずれにしても、元支院長が寺を捨て
て飛び出すなど前代未聞の大事件である。日如は、宗内にどう説明するのか。ある坊主は語る。
「瀬戸の騒動は氷山の一角に過ぎない」。末寺の執行部に対する不信、不満は、各地で爆発寸前で
ある。
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