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涅槃経に云く「若し善比丘法を壊る者を見て、置いて呵責し駈遣し挙処せずんば、当に知るべし是の人は仏法中の怨なり」等云云。灌頂章安大師云く「仏法を壊乱するは仏法の中の怨なり。慈無くして詐り親しむは、即ち是れ彼が怨なり。彼が為に悪を除くは、即ち是れ彼が親なり」等云云。 
 
仏弟子等必ず仏法を破るべし。「師子身中の虫の師子を食む」等云云。 
 
この掲示板のTOPにあるのを読んでいるのか? 
幹部の不正を告発すると突然妨害と思わる投稿が連続するこの不可解さ 
 
どちらが正義かは明白だろう 
偽物は先生の権威を利用し組織の防衛をはかる。 
 
この権威を利用し教団を守ってきた偽善の教団を我々は目の前にみてきた。 
日顕宗として創価学会が決別した教団だ。 
この歴史が自らの教団に怒らないはずはない。 
なぜ自らの襟をただそうとしないのか? 
悪を放置してよいはずがない。いやむしろ職員が隠蔽にいそしんでいる姿は滑稽でもある。 
 
幹部職員は現代の聖職者である。 
聖職者の不正は人類の歴史上やむことがない。 
それは宗教は自らの絶対性を主張するからだ。 
その限りにおいてドクマから脱却できない。 
 
先生と対談されたウィルソン教授はこの教団のドクマがカルト宗教の本質と喝破され 
先生との対談はおおいに共鳴した内容となった。 
 
2001年以降の世界情勢において、SGI提言にて寛容の精神と対話の重要性、そして宗教のもとドグマについての先生は触れられている。このこそが世界平和の鍵であり世界宗教として条件であるからだ。 
創価大学の教授は今の創価学会をカルト宗教として厳しく指弾しているのは存知であろう。 
 
おそらく城をまもる本部職員はこのことを読んでいないばかりか理解すらできない。 
それは城を「まもるのでなく自らの生活を守ることしか考えていないからだ。 
そこには宗教者としての使命も自覚もない。 
哀れな敗残者たちよ。 
 
偽善の仮面をかぶる腐敗堕落した幹部こそ 
創価学会を滅ぼす一凶である。 
 
その悪と戦わないものは、また悪と同じであり、師匠池田先生への反逆の輩と断ずる。	
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