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2004年 各部代表者会議での名誉会長のスピーチ
10/30日付け 聖教新聞
※その2日前の昭和54年5月3日、創価大学の体育館で本部総会が行われた。
それが実質的な"会長辞任の総会"となったのである。
その陰には、嫉妬の宗門と結託した醜い反逆者たちのさまざまな陰謀があった。
(略)
広宣流布を現実に前進させているのは、会員である。無冠(むかん)の同志である。
役職が高いから偉いわけではない。役職は、言うなれば"仮の姿"にすぎない。
大事なのは"さあ戦おう!"という本因の一念があるかどうかだ。この深き決意に
立った同志たちが、なかんずく青年たちが、新しい勝利の歴史をつくったのである。
それを絶対に忘れてはならない。
(以上引用)
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私はこの指導を
(日顕宗と結託した)
内部の反逆者が大幹部であろうが、地道に広宣流布に歩む皆さんの信心を壊せるわけがない・・
と結論つけられているように思います。
後に反逆者が日顕宗に転がり込んだことからみても、創価学会の勝利は明白だということです。
逆に言えば、30数年前の指導にあるような内部の結託者が現在でも本部に
おり、その「架空」の存在を糾弾せよなどと煽る連中の出所は、30数年前から
創価学会の組織幹部に対して不信を持ちつづけているものだと言えます。
そういった無明の人が今でも決意し率先して学会活動の最前線で励んでいる・・・
というのはなにをどう取り繕おうが「ウソ」です。
会長勇退の件で見過ごされがちなのは、たとえ「池田先生」といえど先生の一存で
組織の長に就いていられない場合もある。という組織上の仕組みです。
馬鹿なアンチどもは、自分の想像の範疇の「本部組織」、または日顕宗のように
ファミリー人事(派閥)で固めれば宗教組織のトップになれ、会員がついてくると
考えているようですが、それこそ浅はかな戯論です。
文字どおり、池田先生と創価学会は「極悪宗門との決別」、および学会の大躍進を
もって勝ったのです。
(だからといって、日顕宗破折が終わるわけではありません)
創価学会次期会長レースが云々と、競馬の予想屋のような連中が外野から斜にかまえて
知ったような顔をしていても、個々の学会員さんは「創価の三代」以下は役職上の継投
としか考えていません。
事実、日顕宗との決別以降、三人の創価学会会長が就任していますが、どこの
学会員さんが「先生」と呼んでいるでしょう。
池田先生が名誉職に就かれている以上、仮に内部の反逆者がなにをしようがその
師匠の実績を上回らないかぎり、「師」たりえず、会員さんはついていきません。
等しく池田先生を「師」とした「弟子」なのです。
関西では宗門問題および、C作戦があっても「ワテらの先生」で、皆乗り越えて来ました。
つまり、信心の上で師と弟子の間になにも挟まない師弟直結です。
信濃町氏のような方は、「師」を尊んでいるようみえるかもしれませんが、
結局「師」・「大幹部(本部幹部)」・「弟子」としか認識出来ていないのでしょう。
だからこそ、本部職員=聖職者なんてアホな発想ができます。
かつての「小野不一」さんも同じ「本部幹部改革」の考えでした。
いうなれば、学会本部(本陣)が近く、本部幹部(職員)という方が係わってくる
頻度が高いが故に「嫉妬」の対象になりやすいのでしょう。
日ごろ信心強情な学会員さんは、「内部の腐敗」(?)なんて考えて活動していません。
そういった目に見えない「仮・想・敵」に魅入られ、見える日顕宗を二の次にするという
ことは、それだけ真面目な信心から軌道が外れているという証拠になります。
裏切り者は“自分に対し”エサをくれるものについていく。
そういう意味で「信濃町」氏は、すでに創価学会から心が退転しているのです。
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