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栴檀の木さんへのお返事です。
こちらこそ真摯な対応感謝いたします。
※ でも、論点がずれているように思われます。
少々説明がたりなかったかもしれません。
私や栴檀さんが個人的に「本部職員」は聖職であると考えるのと、
実際に組織内でも聖職といえるのかどうかは論理的に考えなければならないという事です。
日本での坊主を例にあげますが、彼等は自らの宗教行事以外でも「御住職」ですよね。
賃金(正確には賃金とは言いませんが)だけでなく、住み処すら無償で与えられています。
たとえば、本部の職員さんや,本部付きの大幹部さんで、創価学会から寝食を保障されて
いる方がおられるでしょうか。
たいてい、仕事が終わったらご自分の資産である家に自分の足で帰られているでしょう。
職員は職員です。
人間ですから、いろんな人がいます。
最初は純真な心で職員に採用されたかもしれませんが、縁にふれて邪な心になる職員
も当然いるでしょう。
※ そのような図式になっていることが、こちらの掲示板で問題になっているのではありませんか?
いいえ。 そのようには思いません。
誰かのスキャンダルを流せば組織が浄化すうといった、わけの解らない理屈の連中が
混ざっています。
※現在投稿をなさってる方々は、学会役職の事を問題にしてるのではなく、
学会を正しい方向に導くべき幹部の方々の行状を問題視されて投稿なさっているのでしょう。
大幹部や職員は聖職者と考えれば、内々の不祥事が起こったり、法戦の勝ち負け、
結果の優劣のたびに、教団としての創価学会の道義的な監督責任も問いたくなろう
ものでしょう。
本部はなにをしとるのか!と。
しかし、実際にはそういう事では処分ではありません。
創価学会において、処分をされる場合とは会則にも明記されているように
「会員としてふさわしくない言動をした会員に対し、その情状に応じ」(第72条)
です。
合議制で決まっている以上、その場にいないものがなにを語ろうが推測です。
※ 何か、阿部日ケ~ン(院政)様は、上から目線で仰せになっているように思われます。
自分の意に沿わず、反論されると上から目線と感じるのは、貴殿が
「阿部日」を低く見ているからです。
宿坊殿をふくめ、いろんな方が私に意見をしてくださいますが、上から目線なんて
いっさい考えていません。
「なぜそう思いますか」と問い返すだけです。
※ネットに飛び交うこの様な情報は、すべて虚実であると言う確証を
お持ちなのですか?とお聞きしています。
これは見逃していました、すみません。
さて、どこかで私は「全て」がウソだと断じたでしょうか。
根拠が出せないなら疑わしいと何度も答えているつもりです。
ネットだけにかぎらず、伝聞情報はおおむね玉石混交です。
自身が実際に体験している。。としても「主観」の入る余地があります。
困るのは、大騒ぎしているから事実だろう・・とか、反論されるのはマズイからだろう
などという相手の「アタリ」を見て真偽を即断する人がいる事です。
栴檀さん。
本部改革推進の方が幹部の「やり方」について云々されるように
私もまた彼等の(もっぱらアラシ的行為をする連中)の「やり方」を問うているつもりです。
戸田先生の指導を引用します。
※ここにおいて、十界互具、一念三千を説く大仏法を信ずるわれわれは、日常の
生活の責任が、ことごとく自分自身にあるという事を知らなくてはならない。
貧乏して悩むのも、事業に失敗して苦しむのも、夫婦げんかをして悲哀を味わう
のも、あるいは火ばちにつまずいて、けがをするのも、結局、それは皆自己自身
の生活である。すなわち、自己自身の生命現象の発露である。
かく考えるならば、いっさいの人生生活は、自己の生命の変化である。
ゆえに、よりよく変化して、絶えず幸福をつかんでいくという事が大事では
ないか。
(自らの命にいきよ:昭和三十一年二月一日 戸田城聖先生指導集 聖教新聞社刊)
成果がでなかったり、思い通りにいかないと「誰々が悪いんだ」と個人を
あげつらって、公開でスキャンダルを出しネットでつるし上げれば組織浄化され
解決するだろう。
そう発想する方の生命境涯は地涌の「菩薩」でしょうか?
仏法の上から見て、師がおれば、弟子はおなじ弟子です。
役職が上だから・・というだけで幹部により厳しい処罰をのぞむよりも、どうやって
他の学会員さんを自分が守り育てていこうかと考えるのが大事ではないでしょうか。
http
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