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信濃町の人びとさんへのお返事です。
こんばんは。またまたネーミングセンスが無い方が訪れておられた様で(笑)富士宮の次は北国(キタグニ?)(ホッコク?)まぁどちらでも良いですが。
> ダメよ~ダメダメ~さんへのお返事です。
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> ダメ様
> おっしゃる通りです。
> この時だったでしょうか?
散々お伺いしていますね(笑)ここに書かれた事は。
一番記憶にあるのは壇上でA谷前会長、H田現会長が二人揃って正座させられ糾弾されて
現会長に前会長をひっぱ叩けと。一度遠慮がちに叩かれた為、先生が怒られもう一度と。
次は本気で。会場内に音が聞こえる程だった。ともかく厳しかった。本幹参加者はそれなりの幹部ばかりだが若い学生部幹部などはあまりの厳しさに壮年部幹部に指導を受けるくらい衝撃的だったという。各部代表者会議にしても本部幹部会にしても編集前のノーカットの録画が厳然と保存してあるはずですよね。そのアーカイブに厳然と残っているでしょう。
> 青年部の参加者に秋谷は裏切ったか?
> 反逆者か?
> と、多数の参加者に先生が確認されていたのは?
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> 秋谷の目の前で、青年部を指名し立たせて、裏切り者、反逆者で間違いないか。
> と、秋谷を糾弾したのは?
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> この後2週間後の代表者会議でも、秋谷罵倒がありましたよね。それ以降姿を出せなくなりました。
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> 先生の秋谷はじめ幹部への叱責は日常茶飯事ですが、この時の迫力は凄まじいものがありました。
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> 普段でも幹部叱責があるので慣れてはいますが。いや、逆に谷川なんかが登壇した時に昔はお前は格好だけだ、意味不明、具体的でないんだよ、等々挨拶途中で口を挟まれたのを、谷川らの実像を知っている人間は心の中で喝采していたものです。
> > 信濃町の人びとさんへのお返事です。
> >
> > こんばんは。結構核心部分のお話。
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> > > 本部幹部会の席上、秋谷が厳しい叱責を受けた。日顕、矢野の問題。
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> > > 宗門との闘いが決着しない→ぺんぺん草がはえるまでと宣言したが倒しきれない。教学部長の日精問答敗北など、不手際が続いた。
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> > 日精問答論文はそもそも返り討ちにされる様な程度のものでした。当時の教学部長名で日顕に出しました。ある方が出さない方が良い。この内容では返り討ちにされると御忠告申し上げたのにもかかわらず提出。結果、邪義破折班とやらに反撃されそれに対して反論不能となり敗北。教学部長の事実上の更迭。交代。その数年後当時の教学部長は亡くなられた。
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> > > 矢野問題→除名と厳命したのに除名にせず先に脱会された等の不手際。矢野については明電工疑惑より以前におかしい時CP指摘があったが、ズルズルときている。
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> > 先生が除名と厳命したのに何故除名していなかったのか?これがもともと時代は遡る54年問題にも繋がる根が深い問題。そして現在に至る。
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> > > いつまでのさばらせておくつもりかとの叱責に対して、秋谷は皆の前で立たされて以下の趣旨を発言。
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> > 本部幹部会本番での壇上での先生のご叱責、ご指摘はこればかりではない。
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> > > 日顕とは正邪の決着をつけなければならない。矢野のような反逆者の悪行も厳しく断罪しなければなりません。その戦いの道を、わが師、池田名誉会長とともに歩んでまいりたいと思います。
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> > と言いながら先生や会員さんの前では拳を上げ威勢が良いのだが、見えない所では矢野と握手会(笑)これは今に始まった訳ではなく、これも又54年問題に繋がるお話。後に本部幹部会本番の壇上で『A谷は私を週刊誌に売ったんだ』というご発言。ご叱責が。
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