|
|
だいせいどーさんへのお返事です。
この方(富士宮)ダメだよ。完全にイカレテいます。いわゆるMCですね。
全然ダメ。信仰者以前に人としてダメ。反省していない。聞く耳持たない。
まともに答えれなくなると逃げる。かつてリアル対論した何とか講員みたい(笑)
だいせいどーさんはたぶん大丈夫でしょうが、謙虚そうに言っていますが、あの下心ありげのご要望にはご注意を。
老婆心ながら御忠告申し上げます。
> 信濃町の人びとさんへのお返事です。
>
> 富士宮さん
>
> 先生指導のです。かみしめてください。
>
> 狂信者は、自分の立場を保持するために、ひたすら虚勢を張り続けなければならない。どんな正論も彼を退く気にはさせられない。たとえ、一千六百万人の声であっても。(爆笑、拍手)
>
> 虚勢ゆえに、決して心が落ち着くことはない。つねに焦っており、つねに気持ちが、目まぐるしく動いている。そして、自分の“気まま”に従わない者に対しては、脅威を感じ、力をもって抑圧し、自由を奪う。
>
> そのためには、手段を選ばない。なんだかんだと因縁をつけ無実の罪を着せる。人を「切る」。いじめる。弾圧する。私も、そうした、いわれなき迫害の犠牲になってきた。しかし、人を抑えつけたつもりで、奪われているのはほかでもない、自分自身の自由であり、尊厳なのである。
>
> 二十一世紀を見すえつつ、ヴィーゼル博士は、こう宣言する。
> 「狂信的行為という、はびこりゆくガンと戦うことが、われわれの責任である」
> 「なぜならば、狂信的行為は、人間を否定し、下劣で、感染しやすい憎悪へと引き落としていくからである。憎悪は良いもの、価値あるもの、創造的なものを、何も生むことはない。憎悪は憎悪を生む」と。
>
> まったく、そのとおりである。病根は根絶せねばならない。
>
> では、どうしたら狂信的行為に打ち勝てるのか。いかに戦いゆくか――。
> 博士は言う。それは、「すべての人間の自由を讃え、大切に育み、守りゆくことだ」と。
>
> 「讃え」「育み」「守りゆく」―― 人間性が脈打つ行為である。
> 反対に悪は、「蔑視」「嫉妬」「破壊」を促進する。
> ゆえに、悪に勝利するには、この「人間性の連帯」を築く以外にない。「善のスクラム」を広げる以外にない。「狂信」という悪を見逃してはならない。見逃してしまえば、ガン細胞のように、いよいよ増殖し、正義を蝕んでいく。戦わなければ、「人間の世界」が失われてしまう。
>
> 1992.5.5創価同窓の集い
>
>
> >
> > 滑稽とはあなたに相応しいですね。
> >
> >
> > > 信濃町の人びとさんへのお返事です。
> > >
> > > 世界の巨匠の引文をして胸を張っている方が外部の人間だというのはとても滑稽ですがね。
> >
> > →★まさにあなたの浅ましい命の現れです。
> >
> > 外部の人間とレッテル張り。これは正しいことを言う人間を反逆者として追放したり粛清する谷川と同類ですね。
> >
> > ☆さらに、外部の人間を見下している。
> >
> > 外部の人間でも内部の人間でも同じ人間です。
> > 立派な方がいますよ。今の一部極悪幹部よりずっと。外部の人間の言葉を引いてはいけないのですか?笑止千万。
> > あなたの本質はそこですね。
> > 人間を差別している。外部だと蔑視する。
> > 不軽菩薩はどうでしたか?
> > 教学弱いってあなたのこと!
> > いや、それ以上に大聖人の仏法に違背していますよ。人間蔑視の外道の魂ですね。
> > "六師外道の末流"とはあなたそのものです。
> > 先生の教えに反する反逆者ですよ。
> > 日顕が第九は外道礼賛だから歌うなと言ったのを思いだします。
> >
> >
> > > > ネルソン・マンデラ『自由への長い道――自伝』(下)より
> > > >
> > > > 「人間として、何もせず、何も言わず、不正に立ち向かわず、抑圧に抗議せず、また、自分たちにとってのよい社会、よい生活を追い求めずにいることは、不可能なのです」
> > > >
> > > > 不正を正す、悪を追放する。
> > > > 人としての道、道理ではないか。
> > >
> > >
> > >
> > > >>阿部日ケ~ン(院政)さんへのお返事です。
> > >
> > > > 調べたといっても、説明できない。証明になってない。
> > > > 知ったかぶりのやつ?
> > > >
> > > > 大白蓮華八月号の部分って、座談会御書なんだけどなぁ。
> > > >
> > > > しかも宿坊殿の掲示板のサブタイトルにも合致しているよ?
> > > > 教学苦手なの?
|
|