|
|
もう六年前になりますか
鉄斎さんが、こんな考え方を提示してくださいました。
※ しかし非常に断腸の念ではありますが やはり沖浦氏の主張には
肯定出来得ないものがあります。 たとえば 学会活動は卒業発言、
竹入矢野を擁護する発言などです これらはやはりこの板に集う
多くの方々を惑わす発言と思います
http://fboybbs.dip.jp/n2/?23472
この発言にインスピレーションを受け、以下の池田先生の指導を
提示させていただきました。
※人間は、一面、誰にもわずらわされず、自由に生きたいという本然的欲求を持っている。
しかし、それのみでは、惰性に流され、放縦な自分を悲しむ以外になくなってしまうもの
です。絶対に充実感と向上はありえないものです。真実の自由は、一つの規制、基準が
あって、初めて自己の力がわかり、勉学に競争相手と戦い、大きい基準をもちつつ、成長
がなされるものです。これは、いずこの社会でも同じことです。
(~よい先輩につけとは~ 指導集より)
現在の創価学会において、公然と幹部批判をする人が、はたして「放埓な人間」
ではないとだれか思われるでしょうか?
人目に付くところで、やれ副会長がどうの、理事がどうの。
こんな人をみたことがあるでしょうか。
だからこそ、信濃町くんやダメよくん、だいせいどーくんに、一般的な
学会員らしさを感じられないのです。
特に信濃町くんは、突っ込まれると逆ギレをしてみたり、謝罪を要求したり
かとおもえば、シカトをしてどんどん話題を変えていく。
まるでダダをこねる子供のように感じますね。
|
|