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ダメよ~ダメダメ~さんへのお返事です。
※次の2001年以降は戸田先生の佐渡御書講義の原理に則れば、内部の悪を叩き出す。
現在信濃町の人びとさんが仰っておられる事は時に叶った行動だと考えます。
が如何でしょうか?
内部の悪を叩き出すというと勇ましくて聞こえが良いですが
「内部の悪」という対象を造り上げて、それが現在の創価学会という組織の
運営を変革する方策になるのか疑問です。
行動は時に叶っているとおっしゃいますが、日顕宗との戦いの折は
全国各地で学会員さんが手のひらを返したように末寺の坊主につるし上げ、
イヤガラセを受けていました。
会長勇退の頃はそれでも、学会側が引き下がってなんとか日顕宗側との
折り合いをつけました。(納得いかない人もいるでしょう)
二度目のC作戦の時は、ほとんど日顕宗に対し引き下がる人がいなかったのです。
それは視点を変えてみれば、どんな聖職者であっても「池田先生と私」の
師弟直結の「信心」は壊すことができなかった事を意味しているとおもいます。
多くの学会員さんが、師匠と共に創価学会に残ったのは一般会員さん、地区幹部
さんベースで「日顕宗の理不尽さ」や「不当行為」という「難」を実際に
受けていたからでしょう。
だからこそ、二回目は(戸田先生の頃からいうと三回目ですね)折れなかった。
現在の創価学会内において、だれかの指導を元に、その一派が純真な学会員さんを
いたぶっているという話は聞いた事がありません。
貴殿等のお話は「一部地域の会員間トラブル」をまるで、僭聖増上慢が現れた
かのように格上げで扱い、かなり論理の飛躍があるように思います。
また信濃町氏の引用した指導には「コツ」が書かれています。
「具体的に言うほど、魔は倒せる」
C作戦の折は、師匠と一丸となって日顕宗の「邪義」を具体的に挙げていました。
当時の新聞、書籍などを見れば解るとおもいます。
ところが貴殿等の糾弾「運動」には、
~らしい、~と聞いている、~かもしれない等、魔とやらの「具体的」な一例が
ほとんどありません。
また法的に危険を冒して、「具体的」に言えない場所(他人が契約した更改掲示版)で、
いくらキバッたところで「海外串」を使い、身元を隠した貴方方が自分が起こした運動
に対し最後まで責任を取るつもりがないのだろうと考える人もいるでしょう。
やばくなったら痕跡だけ残して「消える」事が可能です。
そんな「リーダー」にだれがついていくでしょう。
本気でやるなら、自分の味方をしてくれた人の人生を丸ごとかかえ責任を
取りますぐらいの「懐の深さ」を見せるべきではありませんか?
自分個人の批判に対し、受けた「不快的」な感情を他人にまで伝播させようと
あれやこれや策を弄するのに時間を割いた期間(一ヶ月以上)が長すぎました。
大義を掲げていても「個人」の感情にすぐ流されている人に、「組織」が
改革できるとは思えません。
むしろ、上手く行かないが故にさらに猜疑心を膨らませて暴走する可能性があります。
そうなってしまえば、喜んで学会活動などできないでしょう。
とても心配です。
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