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 投稿者:河内平野  投稿日:2014年 8月30日(土)10時59分31秒
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  「関西最高協議会 平成三年十月十七日」(全集七十九巻)より
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仏教史をひもとくと、インドにおける初期の仏教教団では、
出家の修行者も、在家の信者も、ともに「教えを聞く人」として平等であったといわれている。

ところが、教団が発展し、教団の権威が確立すると、
出家の修行者は、在家の信者に対して、権威をもつ者として、いちだんと高い所に立つようになっていった。

そして、やがて、在家の信者は「仕える人」と呼ばれるようになり、出家の修行者に対して仕える存在とされていったという。

また、アショーカ王の時代になると、教団に分裂の傾向が表れ始めた。

しかし、教団の僧侶は、自分たちの所業を反省しようとせず、むしろ、信徒に向かって「僧侶を尊敬せよ」といって、従順と尊敬とを強要した。

それは、教団を維持するには、どうしても信徒の寄進が必要だったからである。

ついには「僧侶を害すると地獄に落ちるぞ」という脅しを使うようになった、とされている。

いつの時代であれ、仏教の「平等」の精神に反して、僧侶が権威をふりかざし、信徒に従順と尊敬を強要するようになった時に、教団は腐敗し、僧侶は堕落している。

信徒の側は、僧侶の権威にひれ伏した時に、本来の信仰心は失われ、僧に仕え、依存するのみの形式的な信仰となり、真の功徳はなくなる。

御本仏日蓮大聖人、すなわち大御本尊に信伏随従し、仕えることは正しいが、
その根本から外れて、僧侶に仕えることは、仏法の本義に背く誤りであることを知らなければならない。

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「僧侶に仕えることは、仏法の本義に背く誤りである」
まぁ~、大半の職員は生活という利害がからんでいるから、仕えているように見えるだけだね。
 
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