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信濃町の人びとさんへのお返事です。
こんにちは。ここはじめいくつかご返信頂いていますが遅くなりすみません。
> お疲れ様です。
> どういう組織のあり方がよいのか。それは非常に難しい問題ですね。
> 先生の真意は測りかねますが、体制もあるのでしょうが、創価学会の宗教団体としてのあり方を問われた感じがしています。
そうでしょうね。仰る様に先生の真意は測る事はできません。ただ先生ご自身、今再び本気でタテ線に戻せなどとは仰らないと考えます。
宗教団体としてのあり方を問われた。そうですね、現在の組織はシステマティックになり過ぎの感じで、活動も大まかにわけると、新聞啓蒙。選挙における支援活動=選挙活動、これは選挙本番だけではなく、半年前、最近は3ヶ月前くらいに短縮されたようですが。俗っぽい言い方すれば大要、新聞キャンペーンと政治キャンペーンの二本立て中心に動いているのが現状では?
> 完全に私の個人的な見方として聞いてください。組織批判ではないので変に捉えないでください。
承知致しました。
> 外部の方からの指摘でもあるのですが、中間団体としての創価学会の役割が変質してきたのではないか。
> 政治との関わり方についてもしかり。
明らかに2001年以降の自自公連立に始まる支援する公明党の政権入りで政治的関わりが変質したのは紛れもない事実。
これにより支援団体である創価学会の動き、立ち位置が微妙に変化していく訳です。
この事により明らかに創価学会の足腰は弱り青年部の弱体化に繋がりました。
これは現在に至るあらゆる敵との攻防戦に影響を与えている。
> 組織として魅力がない。これは他の既成宗教団体せのものにもあるのですが、高齢化し若者に魅力がなくなりつつある。
今回の平成2年末に始まる宗門問題は宗教的権威権力との戦いでした、この事により偏った宗教的呪縛から解き放たれたのは良かったのですが、反面、化儀に対する観念が希薄になった事も事実。
それは知らず知らずのうちに御本尊様に対する姿勢にも如実に現れてきています。
合理化とは聞こえが良いが、会館のしきみを造花にしたり、お供物をダミーにしたり、お神酒の中身が無い空瓶置いたり。他様々。これが各会員さんにも影響。信仰とは?信心とは?
※決して造花がいけないとか、電気ローソクがダメだとか、線香焚かないとダメとか、教条的な意味合いではありませんので誤解なき様に。それぞれの状況、環境でご判断されれば良いと考えます。
先にも申した様に何もかもシステマティックになり、全体的には心が通っていない組織になってしまった。会合しかり、財務しかり、教学試験しかり、他新聞啓蒙、選挙の二大キャンペーンによる数へのこだわり。活動家減少による役割分担及び様々な担当、役職においていくつも兼任、兼務が目立つ様になりました。これにより現場は信仰による喜びよりも、心身共に実務により疲弊してしまった感じがします。
いわば栄養、養分も与えずに花や作物を作り無理やり収穫している様なもの。この傾向は益々強くなっていると感じます。
> 会員数の減少傾向や若手活動家の減少。
> 今の創価学会のあり方そのものが問われる時代になっています。折伏の団体であったが、年間の折伏数は確かある時をピークに下がり続けている。会員数を増やすことが目的でないと先生は明確におっしゃっていますが、2001年以降は特に政治活動に傾斜しすぎていないかという感じがしています。教学に関してもしかりで、自分たちでものを考えて動くことがなくなり、上からの指示にただ従うだけ。活力がなくなりつつつないかと。
先にも述べた青年部の弱体化や活動家減少。理由を少子高齢化の責任にしたい気持ちは理解出来るがそうではないでしょ(笑)
第一次はもちろん、第二次宗門問題も知らない世代や知らない方々が入会している現在。
宗教団体としてどうあるべきかをもう一度確認すべき時が来ているのではと思います。
諸法実相抄には行学の二道を励み候べし、行学たえなば仏法はあるべからず。とある様に、言うまでもなく日々の朝晩の勤行、唱題という基本に忠実に立ち返り、教学の深化が先決。そして歴代のご指導を学ぶ。これが根本では?と思います。
たしかに大きな組織ですから様々な打ち出しや指示があるのは当然。でも仰る通り、素直とか純粋とか愚直とかの美名の下に上から来た指示にただ従うだけの思考停止は良くないと考えます。先生のご指導にもある自分の頭で考えて動く。これがないから活力もなくなると思います。今申し上げた事をベースに戦う二大キャンペーンなら本当の力も発揮出来るのではと考えます。
思いつくままダラダラと感じたままを書き連ねました。あくまで個人的ないわゆる私見ですので宜しくお願い致します。
信濃町の人びとさんのご教示あれば頂きたい。宜しくお願い致します。
>
> > 外野さんですさんへのお返事です。
> > こんばんは。はじめまして。
> >
> > > > こんばんは。
> > > >
> > > > お疲れ様です。
> > > >
> > > >
> > > > > 正義の言論活動お疲れ様です。
> > > > > 2010年最後になった先生の本幹出席の場で、
> > > > > 最後の方に何と言われたか。
> > > > >
> > > > > いつまでも私に頼るな。これからは自分たちでやっていきなさい。
> > > >
> > > > もうひとつ。
> > > >
> > > > 現会長の方を見られ、先生『原田、又(組織を)タテ線に戻せないのか?』
> > > > 会長、今更出来ないというニュアンス。表情。
> > > > 先生『たまたま住んでいる地域が一緒だからと云って好きでもない奴と一緒に戦っても面白くないだろ?』(趣意)これも最後になった本部幹部会での壇上でのやり取りでした。
> > > > 先生のお心は計り知れないので解釈は致しませんが、何を仰りたかったのか?
> > > >
> >
> > > へぇ~ 今の時点ではガセなのか?如何なのか?存じかねますが
> > > 最後に そんな事を言ったんだ 面白いね~
> >
> > ガセでは無いです。本部幹部会本番会場。当然中継ではいつもの編集カットされていますからね。現場にいた方々は皆聞いておられます。会場内の聞こえにくい場所もあったかもしれませんが。
> >
> >
> > > ・・・というのも、今の組織体制だと、閉鎖性の強い中での活動に陥る可能性が高く
> > > 結局は 村社会を同じような体質を形成しかねない危うさがあって限界なんですよ
> > > だから『タテ線』の復活は正しい一面もありますが
> > > 但し、タテ線の欠点は親分・子分という別の面での閉鎖性が発生するので
> > > 昔と同じようなやり方ではダメよダメダメで 一部は今の体制を残す必要性はあります
> >
> > 仰る事も一理ありますね。当然弊害もあると思います。
> > 昔と同じやり方も当然ダメですね。一部の今の体制を残す意味が少々気になりますが。
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> > > 今回の記事は非常に気になったので投稿をします。
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