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だいせいどーさんへのお返事です。
僭聖の間違いだとおもいますが、僭聖(三類の敵人)については5年ほど前にレポートを
書いていますのでこちらで再掲させていただきます。
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一見敵に見えないのが僭聖です
○三類の敵人を顕さずんば法華経の行者に非ず之を顕すは法華経の行者なり
(教機時国抄)
とあります。
法華初心成仏抄 を引用して立て分けてみましょう。
(勧持品には法華経の敵人三類)
一には在家の俗男俗女 二には出家の人なり 三には阿練若の僧なり
↓ ↓ ↓
△一般門徒 ▲在家を統括する職業坊主 ☆職業坊主を統括する
最上位坊主
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(法華経の行者に対する役割)
○在家の敵人
※ 法華経の行者を憎み罵り打ちはりきり殺し所を追ひ出だし或は上へ讒奏して
↓
事実上の実行犯。後二つの「出家」や「阿練若の僧」とは無関係だと
主張して盾にもなる。鉄砲玉で捨て駒の立場。
○出家の敵人
※ 物も知らざれども智者げにもてなして世間の人に学匠と思はれて
法華経の行者を見ては怨み嫉み軽しめ・・
↓
知識人を装って「実行犯」をミスリードする立場
いわば教唆犯。 自分は直接の実行犯にはならない。
在家が罪を犯しても責任は取らない。
○阿練若の僧
※ 此の僧は極めて貴き相を形に顕し三衣一鉢を帯して山林の閑かなる所に
篭り居て在世の羅漢の如く諸人に貴まれ・・・
↓
在家・出家を束ねる立場であり、裁判などで世間の目にさらされると
本性がバレるからか、自分の付加価値を高めるために、
おいそれと人の前にでてこない。
また在家・出家にはどうすることもできない絶対的地位にある。
※ 法華経を説の如くに読み持ち奉らん僧を見ては憎み嫉んで云く
「大愚癡の者大邪見の者なり総て慈悲なき者外道の法を説く」なんど云わん
↓
在家と出家の前で、法華経の行者を責める為の「教義的な根拠」を提供する。
ミスリードをさせる為の動機付けをする 演出者であり主犯格。
細かい直接の指示は配下の「出家」が出しているので「阿練若の僧」の関与を
証明する根拠は、主に「発言」や「文書」に含みのある言い回しで
’痕跡’だけしか残らないように、配慮されている。
つまり「組織的」に蠢いている団体 であることが
法華経の行者を責めたてる 三類の敵人 の必須の条件だといえます。
実行犯 と 教唆犯 がいるならば 主犯格を疑わなければいけないですし
責める本丸は 「阿練若の僧」 だともいえます。
逆に言えば実行犯・教唆犯は「主犯」を護るのに 必死 ですから
主犯に影響を及ぼさない結果に導けるならば、いつも実力行使で責めてくる
とは限らない。
じゃ私たちは一番にどこを責めなければいけないのか?
骨抜きにされた哀れな学会員をみれば解りますよね。
○チェコの作家チャベックは、投票について
「単に言葉によってではなく、誰がなにをしたかによっても、その人物を
考えてもらいたい。政治を耳だけではんだんしないこと」(田才益夫 訳)
と警告している。
「未来」を見ることはできない。だが過去を見ることはできる。
聖教新聞 09’8/9 破邪顕正 「何をしたのか」 (抜粋)
すべては 「なにをしたのか」「してきたのか」 で判断すべきですよね。
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