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信濃町の人びとさんへのお返事です。
お疲れ様です。
第二次宗門の渦中、現場では「池田先生が師匠だ」という学会員と、「日顕が師匠だ」という学会員同志の攻防戦でした。
外から見れば「内部分裂状態」に映っていたと思います。
実際、マスコミは書きたい放題。
テレビは、特集番組を組み、おもしろおかしく報道。
折伏相手の友人からは、バカにされ、「こんなややこしい学会なんか辞めたらどうや」と言われる始末。
今でこそ、学会員と法華講という立場に別れていますが、当時はそうではありませんでしたね。
組織の中で、誰が敵で誰が味方か。
まさに、会員同志で疑心暗鬼にかかり、壮婦はまったく元気がなかった。
そんな中、当時二十代だった河内は、地区の協議会で壮婦を励まそうと、何度も何度も何度も、腕がちぎれるぐらい学会歌「常勝の空」の指揮をとりました。
最初は、元気なく歌っていた壮婦も一回目よりも二回目、二回目よりも三回目、三回目よりも四回目と、歌い続けるうちに、歌詞に込められた先生の魂を意識し、意味を考え、自覚に目覚め、歌う力が増し、自分が今何をやらなければいけないか、を各人が明確に意識するようになりました。
「今再びの陣列に きみとわれとは久遠より」
「守りに守らん わが友を」
「いざや前進 恐れなく」
また、そうなるまで協議会の時間の半分ぐらいを使い、学会歌の指揮をとりつづけたのも、昨日のようです。
宗門問題で、河内が学んだことはたくさんあります。
その中の一つ。
各立場で、自分が戦う場所で、それぞれ実際に、自分の足で相手の状況、裏取り、確認、破折、激励等をしていない人間は、ことごとく戦いの邪魔をした、ということです。
先生の指導は、観念論でとらえ、真っ直ぐ実践に移さない傍観者でした。
そんな人たちは、ある人は法華講に行き、今現在学会に在籍していても、何もしない、何もできない、情報をにぎっていても、ただ意味ありげに「いろんなことを俺は知っているんだ」と自慢顔。組織権力を恐れて事なかれ主義に成れ果てています。
そしてその最大は、自分の子供を広布の人材に育てていません。これは100%に近い確立です。
しかも、そんな人にかぎって、青年部に偉そうに指導する。
もう飽き飽きです。
今もまったくその当時と同じなのではないか、と感じているのは河内だけでしょうか。
戦い続ける人が本当の青年だ !、と常々先生は指導されます。
その戦う青年に、メッセージを送り続けた先生の指導(総講頭罷免から創価学会破門まで)を綴って参ります。
> 河内平野さんへのお返事です。
>
> お疲れ様です。
> 悪とどう闘うか。ですね。
> これを宗門との闘いとだけしか理解しないか、
>
> 学会の中に巣食う悪の本質と捉えて、悪を追放するために闘うか。
>
> 理解しない、できない。
> 理解しても傍観する。
> 本気で闘う。
>
> 問われているのはこれですね?
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