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鉄齋さんへのお返事です。
脇が甘いといわざるを得ません。
私の経験での話になってしましますが、
過去にどれだけ「脱講」の実績があったとしても、それを鼻にかけ
創価学会として「評価されない」ことを逆恨みした人の取る行動は
とてもよく似ています。
特に、最近学会側になってから叛逆する人は、創価学会員さんは「池田先生」さえ
わるく言わなければ、さほどの批判も受けないことを知っています。
日顕宗は「池田大作」を悪し様にあつかうことで、創価学会員が改心して
大石寺に戻ってくるだろうと考え、あの手この手でメディアまで巻き込んで
露骨なメディア戦略をしたので、返って、善良な一般の方からもドン引きされました。
最近では退転者の矢野のように、「池田先生」を責めず、学会本部を責める手法を
とって、学会員さんに「学会組織」に対する不信感をあおる手法をとり、
ダメージをあたえようと画策しているものも出てきました。
日顕宗側からすれば、創価学会を貶めんが為の「硬・軟」抱き合わせの攻撃手法を
とっている訳です。
今「内部アンチ」の方もまた、創価学会員さんは「池田先生」されわるく
言わなければ、ネット上ではさほどの批判も受けないどころか、内部糾弾
の蛮勇がむしろ評価されるので、“池田先生の指導どおりである”といわんばかり
の露骨なメディア作戦を展開されていますね。
こういった強引な方法をとる人は、善良な学会員からドン引きされることも
知らないのでしょう。
奇しくも「内部アンチ」の方々は、特定の幹部の発言や組織内での処分に
不満があることを公言して憚りません。
自分こそが「正義」であり「覚知者」であると知らない人から
評価されることでのみ、信仰組織である「創価学会」の存在意義を強く
感じているからでしょう。
特に、過去になんらかの大成果をあげていたり、それなりの肩書が
あった人は「チヤホヤされること」が快感になってしまいがちです。
また、自分と関係が深い人に対して身内意識がかなり強い。
それが故に、関係者が処分されたり、事情を聞かれたというだけで
不快感や不信感をもつのでしょう。
そういった「無明」の種を自分の信心に置き換え処理できないが故に
直接関係のない人までも巻き込もうとするのは、愚策だとおもいます。
たとえば伊藤牙城さんが自信満々で出展した書の作品が、評価され
なかった場合、実名をあげ審査員の批判をネットで始めますか?
書家のお仲間が、なにがしかの理由で処分された時に
所属される書会の役員の不適際として、実名をあげネットで糾弾される
でしょうか?
さらにいえば、ご自分の家族に不満があったとして、名指しでネット
に晒しますか?
されませんよね。
ところが三代会長が造り上げてきた「創価学会」に対してはできる。
それだけ、鉄斎さんと「創価学会」の心の距離が離れているのではないかと
心配になってきます。
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