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説明せよ!
一体何を説明しろと言われるのか。
一つひとつのことを述べてきた。
そして、それが全体とどうつながるか?
54年問題が未だに決着しない。
先生を利用し、お飾りにし、自分たちの悪事を隠す輩を糾弾しなくてよいのか?
今、起きている教義の変更と会のあり方そのものを変える暴挙。
これが、池田先生が目指した創価学会とは異なる出はないか。と異議を唱える。
それに対して、全く反論出来ないから、どうでもよいことをヤンやと騒ぎたてるのが、扇動者でなくしてなんであろうか?
悪を正す。そこにしか清浄な信仰の世界はないのが、わからぬのか?
それが、池田門下なのか?
創価学会としてあるべき姿か。
仏法は道理ではないのか?
こうした正論に一向に反論できていない。
どちらか正義かは明白であろう。
一部の、悪事をなしてきた幹部
その悪事を暴いてきた。
具体的にだ。過去の投稿をみなさい。
悪事がたくさんありすぎるから、個別にバラしてきた。
つながりがわかりにくいところは、補足をしてきた。
これは今までの投稿をみればわかるでしょう。
もし、理解出来ないならば、何が理解出来ないか。理解出来ないのは、命が濁り正しいものが見えないからではないのか。
嫉妬の炎に踊らされているのはどちらかは明白ではないか。
嘘ならば何が嘘か。
具体的なにもあげずに、やんややんやと騒ぎたてるだけでは対話がなりたたない。
知りたければ、具体的に指摘すべきである。
何度も、様々な批判者に対して述べたが、誰一人具体的には何も述べない。
これではただの印象操作にすぎない。
レッテルを貼る。悪の常道である。
本当の悪を見破れば、何の迷いもない。
信心の利剣で真実を見よ。
毒された命では何もわからぬぞ。
様々な立場の人間が入り乱れて、
騒乱させる。
真実を述べているにも関わらず信用出来ないと述べるだけ。
騒いでいるだけで何ら反論にはならない。
自ら裏を取りに動きもしない批判者、反論出来ない批判者に何を説明しろといわれるのか。
これこそ、理解不能、不可解た。
余程都合が悪いのだ。そう信じる以外にない。
自分の主張すら述べない単なる批判者、憶測だけでの批判に答えよとは、ちゃんちゃらおかしな話しである。
論ずるべきは、幹部が不正、悪事を働いたかいなかではないか。そこはどうなのだ。
そこからひたすら逃げまくる臆病者たちよ。
それが創価学会の規則や代々の会長指導に照らして正しく処分されているのか?
されていないならば、何故か。
そこに目を向けずに、煽り立てる扇動者の皆さん。
何一つ反論出来ずに。ひたすら印象操作に励む姿は甚だ滑稽である。
具体的な根拠、これは当事者だけしか知らないことも多く、当時の関係者の発言、客観的状況や事実をしる人間の発言、その他の間接的証拠を積み重ねる以外に証明の方法はないのは常識である。査問でもして強制的に取り調べなければいけないと言うのだろうか?
ネットだけで検索したって本当のことはわかるまい。私が知り得たのは、そうした関係者等から情報を集めたからだが、自分では何もせず、批判だけしている人間を信用は出来ないのは、自明の理。
真実か否か。処分されていないのはなぜか。
創価学会の運営に問題はないのか。
まず問うべきはこれだが、臭いものには蓋。幹部は間違いない。先生が指揮を取られている本部に誤りはない。
などといつまで無謬をしんじるのか。
そうした裏に教学レポートの問題がある。
今起きている危機。独断と専制主義そのものっはないか。
会内の権力争いにあけくれてる呆れた実態。
利権を貪る最高幹部の醜態。
54年の残党たち。
それに支配されて、さらには利用する輩。
先生を裏切り、利用し。今も54年も。
先生を守る気はないのか?
いつか来た道に今いるのが、わからぬのか。
先生の指導とは反していることは明らかである。具体的に過去の投稿をお読みいただきたい。明確にしていますから。
不都合だから煽動するしかない。
レッテルを貼る。印象操作。
悪を正す。その上で、具体論を論じなければ意味がない。
まずは、道理の上から不正を正す。
会長は誰がなってもよい。
しかし、条件を満たしたひと。
幾つかの運営ルールについても述べている。
問題は、多々あるのだ。
核心に触れだすと妨害する。
理由は明白だね。
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