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表題とは関係ありませんが、同時中継でカットされていることについて。
そのまま全てを放送しないのは仕方がない面がありまよね。誤解されますから。
例せば、「グルメなんてくだらない」と発言すれば、その業界に従事する人は意気消沈
しかねません。だから自由に見えても難しい、杓子定規になりかねません。
編集される部分があるからこそ、比較的に自由に話が出来るものだと思います。
厳しい指導ならなおさらそうでしょう。皆を震えあがらせる趣旨ではないのですから。
当日、直接参加されたの人の目に見えれば、それでよしとされたのではないでしょうか。
それしか仕方ないというか。
そこで厳しい指導があって、記録に残っているはずだからと多くの人は安心されていた。
ところが。先輩幹部が厳しく受けた指導、恥ずかしい部分は穏便に削除してよいのではと
“言うぐらい”は人情のうちですが、実際に削除されかねない危機にあるかもしれないと。
そんな危機が考えられるのが、そもそも何かがおかしいです。
そんなことがあり得ることくらい、参加した誰も今日を想像していなかったのかなと。
今日はこんなんあったんよーとか、記憶ではなく、会話を正確に記憶して、個々人が家に
帰って筆記して記録しておけと。そんな危惧を誰も持たなかったのかと思うと、くやしい。
会合内で注意事項として常に制約があったとのことですが、それはやはり甘えですよ。
音声で同時中継が始まった頃は、参加した多くの人が、先生の発言を筆記されてましたよね。
記録するなと言われれても、家に帰って思い出して記録していたはずですよ。
参加してきた幹部は、誰も先生の指導、会話を自分で記録、文字には留めていないのかと。
あんなことがあったよと言われても、あとで説得力が乏しいことくらいわかりそうなのに。
本部のは世に公開されるものではなくので、記録しなかった参加者もほぼ同罪に思えます。
一方に記録があれば削除はされなかったはずです。
教学レポートも情報元がわかるから、それは困るとか。なぜなのでしょう。複数の形があると
いうことなのでしょうか。私だったら、全面、テキストに打ち直すだけですけど。
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