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池田先生の指導です。
今年は、大聖人の竜の口の法難(文永八年〈一二七一年〉九月十二日)から七百二十年となる。
大聖人は「頸の座」の虎口(きわめて危険な状態)を脱せられ、佐渡に行かれるまでの間、二十余日、神奈川の依智におられた。
その間、鎌倉は騒然たるありさまであった。放火が七、八回。殺人も連続して起こる。
そして、それらの犯人がみな大聖人の門下だと宣伝されたのである。
「種種御振舞御書」には、
「讒言の者共の云く日蓮が弟子共の火をつくるなりと、さもあるらんとて日蓮が弟子等を鎌倉に置くべからずとて二百六十余人しるさる、皆遠島へ遣すべしろうにある弟子共をば頸をはねられるべしと聞ふ、さる程に火をつくる等は持斎念仏者が計事なり」(御書九一六頁)と仰せである。
――讒言の者ども(権力者に人の悪口を吹き込む者たち)が言うには、「日蓮の弟子どもが火をつけたのです」と。
(権力者たちは)「そうにちがいない(さも、ありそうなことだ)」として、「日蓮の弟子等を鎌倉に置いてはならない」と二百六十余人、リストに挙げられた。
「全員、遠くへ島流しになるにちがいないか」「牢にいる弟子どもは、頸をはねられるにちがいない」と、うわさが伝わってきた。
しかしながら、放火や殺人等は持斎(律宗等の僧をさす。《戒律を持った》と自称する者。とくに極楽寺良観の弟子たちかと推測される)や念仏者の計略であった――と。
「讒言」――その心は卑しい。しかし残念なことに、多くの場合、その効果は大きい。
メディア(伝達手段)の発達した現代では、なおさらであろう。
本来、北条時宗から処刑中止の命令がくだったのであるから、その時点で大聖人は解放されてもよかったはずである。
ところが依智で、三週間以上も囚われのみのままであられた。その間に《僣聖増上慢》の極楽寺良観や、平左衛門尉たちは、密謀をこらしたにちがいない。どうすれば大聖人を亡き者にできるか――。
そうしたところに、あまりにもタイミングよく、放火や殺人の事件が起こったのである。
「日蓮の弟子たちのしわざだ!」――うわさが駆けめぐった。もちろん謀略である。
その結果、二百六十余人もの人々が鎌倉追放と記帳された。
比率からいえば、現代の学会なら数万から数十万人にあたるだろうという人もいる。
「讒言」のなかには、あるいは大聖人門下でありながら、世間の風圧を恐れ、また自身の卑しい心などのため、師匠と同士を裏切り、かえって敵のほうについてしまった者たちの《偽りの証言》もあったかもしれない。
乱れ飛ぶ情報、ちらつく権力の刃――何が真実で、何がウソか。
だれを信じ、何を基準に進めばよいのか。
不安はふくれあがった。その揺らぎに「魔」はつけこんでいったのである。
「魔」を「魔」と見破った人だけが、師とともに忍難の正道を歩みぬいていった。
竜の口の法難にあって、なんとか大聖人を亡き者にし、正法流布の教団を破壊しようとした《敵》には、次のような特徴があった。
まず第一に、
「法門」では勝負せず、「社会的に」葬ろうとした。まともに法門のうえの勝負をしたら、とてもかなわないからである。
第二に、
そのために「社会悪」のイメージづくりが必要であった。
そのために、さまざまな策をこらした。
その一つとして、放火や殺人をみずから犯し、その罪を大聖人門下に押しつけることまでした。これが第三の手口である。
第四には、
いったん、そうしたイメージづくりが成功すれば、、あとは自分が手を下さなくとも、何か起こるたびに《自動的に》大聖人門下のしわざと思わせることができる、とたくらんだ。
次元は異なるが、西洋にあってはユダヤ人が、これと同様のやり方でいつも迫害されている。
何か不都合があると、決まって「ユダヤ人のせいだ!」とされた。責任をユダヤ人に押しつけることで、自分たちの不満や不安を解消しようとしたのである。そうした迫害の歴史はまた、ユダヤ人の中から、世界的な偉大な人物を生む土壌となっている。
そして第五には、
「事実」によってではなく、こうしてつくられた「イメージ」によって判断され、迫害が正当化されていく。
それが、この「種種御振舞御書」での仰せの「さもあるらん」との言葉に端的に表れていると拝される。
「きっと、そうにちがいない」
「さも、ありそうなことだ」
「そういうこともあるだろう」との思いこみ、決めつけ――こんな、あいまいな話はない。
それが事実かどうかは、実際によく調べればわかることである。
また冷静に考えれば、師匠であられる大聖人の命が最も危ない時に、火に油を注ぐような悪事を、門下がわざわざ働くはずがない。
そうした、実証も道理も無視して、正義の大聖人とその門下への迫害が行われた。
「さもあるらん」と思わせる「イメージ戦略」――こうして形成された《時の勢い》や《空気》によって、理不尽な迫害が、当然であるかのごとく推し進められていったのである。
ある学者いわく
「日本人にいちばん、欠けているのは、『実証精神』であり、『科学的精神』である」と。
日本人は、概して、ものごとを自分自身の目で見極めない傾向があるというのである。
むしろ、安易に人のうわさや、《権威》の言うことを信ずる場合が多い、と。
私には、海外に多くのすばらしい友人がいる。どの方も、自分自身の確固たる判断基準をもっておられる。そして何ごとも、自分で確かめ、自分で考え、自分で判断し、自分で責任で行動する。
そうした「自立した個人」であるゆえに、いったん「真実」を見極めたならば揺るがない。
《不変の友情》も築いていける。日本にはまだ、こうした土壌がないというのである。
たとえばイギリス人は、各国のなかでもとくに、冷静、正確であると、よく言われる。
私のこれまでの経験からも、うなずける意見である。
「まず事実を正確に調べよう。それから、話し合おう」――こうした、地に足をつけた「実証精神」が伝統になっているようだ。
もっとも、そうした冷静さをからかう他国の人々もいて、「イギリス人は女性を見ても、すべてに冷静に点数をつけ、『満点』だと計算できてから、しかる後に、おもむろに恋におちる」と言われたりもする。それほど《一時の感情に左右されない》というわけである。
そうした笑い話はともかく、
「自分の意見をもたない」「確たる自分がない」国民は不幸である。
時の勢いに押し流され、《周囲の思惑》に左右され、付和雷同してしまう。
いつのまにか、取り返しのつかない地点まで転落していく。――戦前もそうであった。
《おかしい》と思っても言えない。むしろ反対意見の人を抑えつける。
じっくりと道理をもって対話するのではなく、急性に「決めつける」――冷静に考えている人を見ると、かえって《おかしいのではないか》などと非難する。
いちがいには言えないが、こうした自立性のない、脆弱な精神風土が「独創が生まれない」と批判される原因にもなっていよう。
「人まね」と違って、「独創」は、つねに、「時代の常識との戦い」であり、たった一人ででも、自分の考えと信念を貫く強さがなければ育たないからである。
「創価」――価値の「創造」をめざす私どもの世界にあっては、断じて、こうした《権威に追随する》弱さがあってはならない。
皆が平等に、また冷静に、何でも語り合い、心から納得し合って進んでこそ、真の「和合」の姿である。
そこに、一切を価値創造の糧とし、一切を変毒為薬(毒を変じて薬と為す)しつつ、限りなく「広宣」と「福徳」の道を開いていくカギがある。
信念と英知をもった一人一人の「強き心」こそ《勝利へのバネ》なのである。
ともあれ、「迫害の嵐」は「つくられたイメージの暗雲」を伴う。
「さもあるらん」とのゆがんだ独断が、抑圧の引き金となる場合が多い。
ゆえに、つねに賢明に、「真実」を見抜かねばならない。
「事実」を見極めねばならない。三障四魔の「本質」を見破らねばならない。
【県・区夏季研修 第二回長野県総会 平成三年八月四日(大作全集七十八巻)】
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