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信濃町の人びとさんへのお返事です。
お疲れ様です。
たしかにみなさんが、レポートがどんな内容なのかみたいのは理解できますね。
factaの記載は、ほぼそのとおりで、あれが怪文書なら、ここまでよくかけるなというくらいの出来栄えです。「てんく」とはくらべものにならない。理路整然と最高幹部を破折していて
さすが、教学部という内容です。
ところで象さまが書いてくれた下記の先生のお姿、信仰者の鏡です。
だから学会員は先生についていくし、先生をしたうのですね。
日顕が「先生が会員に慕われる姿」に嫉妬したといわれていますが。
(私にも先生にささやかな思い出があります。先生が来県されるというので会館の周囲を一
> > 人で清掃していたのですが、とにかくすごい喧騒でした。先生が会館の駐車場で降りられ
> > て、あんなに大勢の人がいるのに、会館には入らずに、清掃されたところに沿ってずっと
> > 歩いていかれたことがありました。なぜ。コンクリートの床なんですよ。誰一人もいない
> > ときならともかく、言われたらよく見渡してようやくわかる程度のことに。よほど気が付
> > かないとわからないはずなのに。あんなに人がいるのに、床にまで何かあるのかと気を回
> > す人が他にいるものでしょうか。)
こうした姿を身をもって会員に尽くすことを教えていられるのだと思いますが、
一部の最高幹部は先生のこうした姿をどう感じているのか?
某副会長は学生部時代に起こした事件があるのですが、よく最高幹部を務めているなと
疑いますよね。具体的に書くと大さわぎする方がいるので、これ以上はふれないですが。
「みんなでいこう」みたいな。(わら)
弁護士を使って必死で隠蔽して恥ずかしいたらありゃしない。
>
> 象様
> 丁寧にありがとうございます。
> いや、みたいという気持ちは理解できるのです。そもそも、こうした問題といいますか、課題を秘密裏に強引にやることがけしからんと言っているんです。
> 御本尊ですから、教義ですから会の執行部で判断すればよいことです。
> しかし、これはかなりドラスティックな変更です。今まで信じてきたことを根底から変える話しなんですから。
> 世界宗教として新しい時代に相応しい会の運営のあり方が必要なのではないか。
> このやり方はそうした課題も提起せざるを得ない内容なのです。
> 情報は会員のものです。学会員を中心にしないで、一部の人間だけで強引に推し進めていく。
> 脱落者がでてもよい。ついて来れない会員がいてもしょうがない。なんて無慈悲なことを言うのでしょうか?池田先生からのご指示は今までやってきたことが間違いにならないように。でした。先生は全ての会員に幸福になってもらいたいのです。
> (脱落者のところは八尋の発言だったかもしれません。外からなので手元になく確認不能です。)
>
>> > 地涌の菩薩に、「許可した」のではなく、本尊のあり方をそっくり私たちに託した意です。
> > 経文に「譲り与えた」と、ある通りだと思います。
> > 先生が普通の人間であることはいうまでもないことで、オレたちよりそんなに偉いのかと
> > 思われる人もいるかもしれませんが、その通り(私が想像するに)で、でも開目抄にある
> > ように法華経の行者として、慈悲の行動を事実の証明として踏まえた、その資格があるの
> > は先生しかいません。後の会長が自分にも力があると思われても、思うのだったら左遷で
> > もなんでもされてみて、一からやってみたらわかるので、当時と時代や背景が違うよか言
> > われても、その時代から作ってこそ法華経の行者なのですから、実際には、資格があるの
> > は先生しかいません。自分たちの社会がどれほどの背景からあるのかを深く考えるべきで、
> > 今、方向性が決まらなければ・・・とは思います。
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