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そよかぜスウィングさんへのお返事です。
河内平野さま、こちらも催促というわけではありませんが、お答え頂ければ幸いです。
> 河内平野さんへのお返事です。
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> 河内平野さま。重ねての質問をお許しください。
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> 秋谷元会長や谷川副会長が厳しくターゲットにされていることは分かりました。
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> 私の御尊敬する正木副理事長は、特に問題はないのでしょうか??
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> これまで通り、池田先生の御弟子として御尊敬申し上げてよろしいのでしょうか??
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> > 訂正と確認とお詫びと新たに編集しました。
> >
> > 先ほど、九州の友人に確認。
> > その友人もまた当時その会合に出席した数人に確認したところ、やはりすぐに「谷川」の名前が出たそうです。
> >
> > 「あいつは逃げた」との言葉も全員覚えていたそうです。
> >
> > 友人曰く、
> > 「古い話なので、青年部長だと思いこんでいたけど、役職名が違っていたかな ? しかし、谷川という名前だったことはまちがいない」と言っていました。
> >
> > 会場も「もし九平でなかったら、池田講堂かもしれない」とも。
> > どちらにしても、本人のいない所で、ここまで言うかと言うほど、谷川の事を悪く言ったそうです。
> >
> > 友人の記憶によると、その逃げた幹部の顔は丸顔の面長、ラビット関根に似ていたかな、との事でした。
> >
> > 幹部の役職名や年代が間違っていたから、逃げた事実が取り消しになるかと言ったら、それは無いでしょう。
> >
> > 大勢の男子部が集められ、東京から来た幹部の話を楽しみにしていた。
> > それを裏切って逃げた幹部の名前が、谷川だった、と言う事です。
> >
> > 「うろ覚えの記憶で申し訳ない」と言っていましたが、谷川が逃げた事だけは事実だそうです。
> >
> > ****************************************
> >
> > > 場所は博多区にある九州平和会館(もしくわ池田講堂)。
> > >
> > > 極めて厳しい戦局(選挙)に、九州指導に現れた谷川。
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> > > 東京から幹部が来ると言う事で集められた第一福岡の男子部達。
> > >
> > > しかし谷川は、自分が指導して選挙に敗れたとあっては顔が立たぬと考えたのか、急用が出来たと言って、名古屋か関西方面へ行ってしまったと言う事だった。
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> > > 何も知らずに残された男子部に対して、一人心を痛めた九州長は、自ら代打を買って出て、男子部の会合に出席した。
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> > > 最初は静かに男子部達を激励して、東京の幹部も大変なのだろうから、と言っていた九州長だったが、元々激しい気性の彼は、途中で本音を爆発させた。
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> > > 「あいつ(谷川)は逃げた! 君達がかわいそうだ」
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> > > 会館に一杯の男子部員達には、最初何事か分からなかった。
> > > しかし九州長の話が進むにつれ、東京の幹部が来ると言う事で、押っ取り刀で参加した男子部達が袖にされた事に対する九州長の怒りの爆発だと分かった。
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> > > 九州長は訴えた。
> > > 「こうなったらやってやろうじゃないか! 九州男子部の力を見せつけよう!」
> > >
> > > 九州長は吠えた。
> > > 「ここにいる全員が立ち上がれば絶対に勝てる。やってやろうじゃないか」
> > >
> > > 男子部達は燃え上がった。
> > > 九州長の意気に感じて、全員が残り少ない日を戦って、戦って、戦い抜いた。
> > >
> > > そして、勝った。
> > >
> > > 予想は落選だった選挙に勝ったのは、九州長の檄に呼応して立ち上がった九州の青年達の必死の闘いの賜物である。
> > >
> > > 落選の予想に、尻尾を巻いて逃げだして、責任逃れをしたのは、臆病者の谷川である。
> > >
> > > と、その場にいた一人の青年は今でもそう理解している。
> > >
> > > 一言のメッセージも残さずに、忙しい中、かけつけた男子部を見捨て、自分の保身に走った。
> > >
> > > それは、飛ぶ鳥が跡を濁さないばかりか、存在した事実までも消してしまったカスのような幹部がいたと言う、つまらないお話である。
> > >
> > > あの後、谷川さん、九州の地を踏む事が出来たんかいな?
> > >
> > > ※当時、参加した男子部は知っているはずです。
> > ****************************************
> > ※年代と役職名をまちがえて申し訳ありませんでした。
> > 以上に訂正します。
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