ゴールデンウィークが明けて少し経ったわけですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。さて、今回はちょっと変な方向に話が向かいます。テンプル騎士団とケルズの書の話だ。
なんでそんな話を漁っているのかというと……しばらく前に、ぼくがロレンス・ダレル『アヴィニョン五重奏』(河出書房新社)を読み進めていたことご記憶の方もいるだろう。あの連作のモチーフとして登場したのが、この不完全で誤った世界からの離脱(つまりは集団自殺)を目指すグノーシス派の秘密教団と、そして舞台となるアヴィニョンに大きな拠点を持っていたテンプル騎士団の話。
で、このテンプル騎士団とは何ぞや? 簡単な説明としては、11世紀あたりにヨーロッパからエルサレムへの巡礼が増え始めたのに対し、その保護を行うための組織として登場した、修道院僧侶の騎士組織の一つ。軍事組織としても優秀で、その後は十字軍の主要兵力となったうえ、長い巡礼の道中を保護しようとしたら、物資や資金の輸送ネットワークも必要となるため、非常に強力な拠点を各地に設けた。各種の寄進を受けておりそれだけの財力もあったし、それをベースとして手形による金融サービスや各種融資を行い、現代の国際金融の基盤とも言われる。ところが突然、14世紀冒頭に、同性愛や蓄財や異端の嫌疑をかけられ、お取り潰しにあう。それがあまりに唐突だったのと、強大な軍事力や財力を持ちながら、なんら抵抗らしいこともせずにあっさり潰れたこともあって、現代に至るまでさまざまな憶測の種となっている。テンプル騎士団の隠し財宝とかの噂もひっきりなし。
んでもって、組織としてはきわめて秘密結社的な部分が大きかった上、異端審問にかけられて潰されたというので、裁判記録が残ってあれやこれやの拷問による自白は想像力をかきたてられるし、一方でよくわかっていないところも多いので妄想を展開する余地も多く、いろんな陰謀論にはやたらに登場する。各種陰謀オカルト論者たちが跋扈する変な小説、ウンベルト・エーコ『フーコーの振り子』(文春文庫、上下)でも、「陰謀論のイカレポンチを見分ける方法は簡単:しばらく話をしてると必ずテンプル騎士団を持ち出してくるから」と嘲笑されているくらい(と言いつつ、この小説もテンプル騎士団についてかなり優れた考証をしているんだけど)。
かれらはフリーメーソンの源流とされるし(これ自体はホント)、実は巡礼保護などではなく、エルサレムで失われた聖櫃(あのインディ・ジョーンズ第1作『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』でみんなが追いかけてた代物)の発掘が任務だったのだとか、聖杯守護が仕事だったとか(インディ・ジョーンズの第3作『最後の聖戦』で、聖杯を守っていた幽霊騎士団のモデルがテンプル騎士団ね)。もちろんかの『ダ・ヴィンチ・コード』(角川文庫、上中下)にも登場いたします。
はい、お疲れ様です。で、ぼくも断片的な話は漠然とは知っていたんだけれど、きちんとした話は知らなかった。でもダレルの小説を読むうちに、なんか思わせぶりに出て来るので、少しお勉強しておこうと思ってあれこれ読んでみました。が、結構いい本がなくて苦労しました。素人的には、きちんとした話も知りたい一方で、上のオカルト陰謀論的な話も関心はある。それがホントだとは思わないけど、あらゆるもっともらしい話はちょっとした薄い根拠くらいはあるし、そうでなくても発端くらいはある。どこをどう曲解すると、変なトンデモ陰謀論ができあがるのかは非常に興味あるところなのだ。ところが、日本語の本はぼくが見た限り、完全にオカルト陰謀脳に侵されたトンデモ本か、あるいはもっと真面目な研究書。前者はまともな史実が薄く、後者は著者がみんな生真面目な方々で、楽しい陰謀論に触れてもくれない。
個人的に一番よかったのは、英語になっちゃうけどMichael Haag『The Templars: Hystory and Myth』(Harper Paperbacks)で、きわめて詳しい史実(詳しすぎて、テンプル騎士団が出て来るまで聖書とエルサレムのソロモン神殿の歴史とイスラムの背景解説が90ページも続く)の一方で、変なトンデモ解釈がどこから生じたのか、最近のポピュラー文化でいかにインチキな扱いを受けているかまでしっかり書いてくれる。日本語の文献で言うと、ぼくもすべて読んだわけじゃないけど、もっともいいのは橋口倫介『十字軍騎士団』(講談社学術文庫)とレジーヌ・ペルヌー『テンプル騎士団の謎』(創元社)。これはどっちもおすすめ。
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