20年度に国と地方の基礎的財政収支を黒字にする。首相が議長を務める政府の経済財政諮問会議を舞台に、この目標に向けた議論が本格化してきた。

 経済成長に伴う税収増、税制改革による増税、歳出の改革・抑制の三つを組み合わせ、具体的な計画を作る作業である。

 国の借金は1千兆円を超えた。今年度の予算でも財源不足を穴埋めする新規国債の発行が36兆円を上回り、借金の膨張に歯止めがかからない。

■理念あっての制度論

 その最大の原因は、国の一般会計の3分の1を占め、高齢化などで増え続ける社会保障費だ。年金や医療、介護といった「給付」と、税金や保険料の「負担」の両方を抜本的に見直すことが不可欠である。

 給付にも負担にも、二つの観点がある。「水準」と「配分」だ。将来世代へのツケ回しを少しでも減らすには、全体として給付を抑え、負担を増やしていく「水準」の調整が避けられない。一方、「配分」を変えていかないと、不平等や格差が拡大するばかりである。

 日本の社会保障制度は「世代」を軸に作られてきた。現役世代が納める保険料を高齢世代に仕送りする年金が代表例だが、医療や介護も総じて高齢世代が受けるサービスが多く、現役時代は負担感が先に立つ。

 しかし、世代を問わず、豊かな人がいれば生活が苦しい人もいる。「世代内格差」が深刻さを増している。ならば、「資産と所得」という軸をより強く打ち出すべきだ。

 豊かな人には給付を抑えながらより多くの負担を求める。資産や所得が乏しい人には給付と負担の両面で支援を厚くしつつ、細るばかりの中間層も支えていく。そんな理念なら、デフレ脱却・景気浮揚を重視する政権の方針とも矛盾しないはずだ。景気を左右するのは国民の多数を占める中堅・低所得の人たちの動向だからだ。

 資産や所得を意識した改革は少しずつ積み重ねられてきたが、歩みがあまりに遅い。まずは、改革の理念について国民の合意を取り付ける。そのうえでどの制度をどう改めるのか議論する。そうした手順を踏むべきではないか。

■成長頼みの甘い前提

 実際の経済財政諮問会議の論議には疑問や不安が募る。

 まず、前提が甘い。年度平均で実質2%、物価変動を加えた名目で3%の経済成長が続くとして税収をはじいているが、過去10年を振り返ってもほとんど達成できなかった高めの成長が当然のように語られている。

 税制改革については、17年4月に先送りした消費税の10%への増税こそ織り込むものの、それ以上の税率引き上げは首相が早々に封印した。法人税の減税を進めつつデフレ脱却を最優先課題とするためだ。

 学者や財界人からなる諮問会議の民間議員が提案した社会保障の改革メニューには、年金や医療、介護の各分野で様々な案が並ぶものの、早くも「総論賛成、各論反対」の気配である。

 やはり、まずは改革の軸をはっきりさせ、次のような改革を検討するべきではないか。

 年金では、豊かな人への給付額を抑える。対象を限って給付自体を減らすのは受給権がからむ難題だけに、年金所得課税を強化するのが現実的だろう。

 医療では、自己負担率の見直しが避けられない。現在は基本的に69歳までが3割、70歳代前半は2割、70歳代後半以降は1割と世代で分かれているが、これを段階的に3割にそろえていき、年齢にかかわらず生活に余裕のない人は負担を軽くする。

■税制改革に踏み込め

 国民全体としての負担の水準を高め、財政赤字を減らしていく際に中心となるのは、全額を社会保障に充てる消費税の増税だ。配分の是正には、相続税の強化が欠かせない。国民全員に割り振られるマイナンバーも、配分見直しに生かしたい。

 ただ、消費税は2年後に増税を控え、相続税は今年から引き上げられたばかりだ。当面の焦点は所得税である。

 稼ぎが多い人ほど税率が高くなる累進課税をとる所得税の改革は、「水準」と「配分」の両方の見直しにつながる。政権は配偶者控除の改革を急ぐ構えだが、構えをもっと大きくしてはどうか。法人税についても、租税特別措置の見直しや節税・脱税対策の強化など、課題は山積している。

 「デフレを抜け出せば、成長率が同じでもより多くの税収が入るはずだ」「思い切った歳出抑制は、17年度の消費増税の後に回しては」。諮問会議では早くもこんな声が飛び交う。

 基礎的収支の黒字化は、財政再建の出発点に過ぎない。甘い見通しはご法度だ。少子高齢化が急速に進むなかで、改革を先送りする余裕はない。

 しっかりとした処方箋(せん)を示せるかどうかは、首相の姿勢次第である。