|
|
信濃町の人びとさんへのお返事です。
> 理解に苦しみますね。弟子の姿勢、あり方を問う御文ですよ?
>
> 日蓮が法華経を弘むる功徳は必ず道善房の身に帰すべしあらたうとたうと、よき弟子をもつときんば師弟仏果にいたりあしき弟子をたくはひぬれば師弟地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず 御書P900
>
> (通解) 日蓮が南無妙法蓮華経を弘める功徳は必ず道善房の身に還るでしょう。まことに貴いことです。よい弟子をもつならば師弟はともに成仏し、悪い弟子を養うならば師弟はともに地獄に堕ちるといわれています。師匠と弟子の心が違えば何事も成就することはできません。
>
その通りです。確かに弟子の姿勢やあり方を問う内容で相違は御座いません
但し、何故、大聖人様は道善坊に対し・・・
「よき弟子をもつときんば師弟仏果にいたり
あしき弟子をたくはひぬれば師弟地獄にをつといへり師弟相違せばなに事も成べからず」
・・・と諭そうとしたのでしょうか?
何故?「あしき弟子をたくはひぬれば師弟地獄にをつといへり」
・・と断定的に判断ができたのでしょうか?
更に「師弟相違せばなに事も成べからず」・・・の結果になってしまった原因を探れば
(a)結局は師匠のお心が 弟子にはうまく伝わらなかった 能力の問題
(b)あるいは 弟子が対応しきれなかった結果?
・・・と読み解くことができませんか?
推測の範囲なので一概には言えませんが、それでも 教育の弊害が 子供に与えた影響を考えれば
そんなに間違ったことは述べているつもりは御座いません。
どこまで信ぴょう性があるお話なのか 神学論争になっておりますが
理屈としては、先に示された華果成就御書のとおりの結果になっているので
参考にどうぞ
アマラとカマラ(この場合 主師親が狼に該当する)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%81%A8%E3%82%AB%E3%83%9E%E3%83%A9
ジーニー [隔離児] (厳密に言えば 主師親が自分なので 過去世の業が師と考えるしかない)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%BC_(%E9%9A%94%E9%9B%A2%E5%85%90)
|
|