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創価学会が創立されたのは一九三〇(昭和五)年――。
二〇一四(平成二十六)年の今年、学会は創立八十四周年を迎えました。
第三代会長・池田先生は、現在八十六歳。
創価学会の会長も、第六代となっています。
日蓮大聖人の仏法は、初代・二代・三代の会長によって『人間革命思想運動』へと昇華され、世界百九十二カ国・地域にまで広がりました。
しかしこの八十四年間にわたる創価学会の歴史を見る時、常にそこには「外なる敵」と「内なる敵」の存在があったように思えます。
この二つの敵との闘争が、創価学会の歴史だった、と言ってもいいのではないでしょうか。
分けても「内部アンチ(池田アンチ)」と言われる「内なる敵」との戦いは、壮絶を極めた、と言ってもいいと思います。
「外道悪人は如来の正法を破りがたし、仏弟子等必ず仏法を破るべし。師子身中の虫の師子を食等云云」(佐渡御書 九五七頁)。
この御聖訓にある通り、広宣流布の伸展を妨げる最大の者は、
無知な一般大衆よりも、
他宗の僧俗よりも、
同志と思っていた日蓮正宗の僧や信徒。
さらには昨日まで共に広布を目指していたはずの者達だったのです。
そしてその分岐点となったのは、第一次・第二次と立て続けに起こって来た二回の宗門問題ではなかったか、と思うのです。
いわゆる第一次宗門問題は一九八〇年代に起こりました。
そして第二次宗門問題は、その十年後、一九九〇年代に勃発します。
学会としては、はなはだ迷惑だったとも言える、この宗門との二度にわたる攻防戦は、世間からは単なる内部分裂ぐらいにしか見えなかったのかもしれません。
しかしその本質は簡単にいえば、日蓮正宗の七百年のプライドが、日蓮大聖人の教義を世界に広める創価学会の勢いに対して嫉妬し、最大の「学会アンチ・池田アンチ」の姿を露呈した出来事だった、と言えるのではないでしょうか。
この宗門の造反に便乗し、恩ある創価学会を裏切って退転し、寺の思惑に乗った連中も同類です。
彼等彼女等は創価学会に見切りを付け、寺直属の信徒になる事で、妙な優越感を持ったのかもしれません。
寺族と同様の「特別意識」「特権意識」・・・。そんなつまらないものに支配されて、信徒団体の創価学会を捨て、檀徒になったのでしょう。
私は第二次宗門問題の時、二十代後半でした。
学会員に対して、上から物を言う、愚かな造反者の姿を、何人も見る事になったのを思い出します。
分別盛りの壮年が、週刊誌片手に青年に言いがかりを付ける、という構図が、まともであるはずがありません。
しかし造反者には、もう何が真実かを見分ける知恵もなかったのだろう、と今だったら理解できます。
現在では、法華講と学会員という、明確な区別が付けられますが、当時はどちらも日蓮正宗の信徒であり、創価学会の会員です。
さらに現場では、広宣流布を目指している者同士です。
何が違うかと言えば、「信仰の師匠」として、法主日顕を選ぶか、池田先生を選ぶか、というその違いだった、という事です。
一方は、七百年の伝統を笠に着て、権威権力で信徒の上に君臨している保守派。
方や、二十一世紀にふさわしい宗教のあり方や運営体制、信仰者のあり方を追求し、それを推進する改革派と言えるでしょう。
当時を経験した学会員は、師匠の獅子吼に呼応して、猛然と勇み立ち、いかなる仏敵も恐れず、破邪顕正の戦いを展開して行ったのです。
池田先生の言論闘争は、瞬時の停滞もなく発信し続けられました。
まず一九九〇(平成二)年、池田先生が総講頭を罷免された十二月二十七日から、
翌一九九一(平成三)年十一月二十八日に「創価学会破門通告書」が送られるまで。
つまり、創価学会員全員が日顕から破門されるまでの約一年の間に、池田先生は何を弟子たちに訴えられたのでしょうか。
池田先生は、この約一年間の言論戦に対して、次のように述べられています。
『本年一年、私は語りに語った。正法を守るために、創価学会を守るために、「声」を武器として戦ってきた。
(中略)この一年間、私が各種会合で行ったスピーチは、「今日より明日へ」「創価のルネサンス」に収録されたものだけで、きょうで百十九回(平成三年一月~八月だけでも二十三冊、池田大作全集スピーチ編で四冊分)になる。
計算すると、ほぼ三日に一度の割合でスピーチしたことになる。
(中略)この一年間で三十八回の会合が衛星中継され、延べ人数にすると、じつに約二千五百万人の方々が参加されている。
このなかには、アメリカでの「第一回アメリカSGI総会」の衛星中継(約三万人が参加)も含まれている。
さらに、各界の要人、識者等との会見は、「聖教新聞」紙上で報道されたものだけでも、九十七回。
日本を含め四十八カ国・地域、五機関、百二十一人にのぼる。
(中略)さらに、この一年間に記した原稿や色紙の揮毫の数は約四千枚。
毎日、心をこめて書きに書いている。
また、いただいた手紙の数は、合計で数十万通にのぼる』と――。『池田大作全集 第七十九巻』
一年間で三十八回の会合(衛星中継)で池田先生がスピーチしたなど、今では考えられないことです。
先生は、火を吐くが如くの勢いで、全世界の弟子たちに「悪とは徹底的に戦え !」と師子吼しました。
この師匠の獅子吼に本物の弟子が勇み立ち、さらにその弟子の戦いに、師匠が答える「師弟共戦」の金字塔が二十一世紀における創価学会の礎になっているのではないでしょうか。
宗門問題は、共に広宣流布に向かって戦っていると思っていた日蓮正宗と、その権威に便乗した造反者という、学会の「内なる敵」との壮絶な戦いだったのです。
その意味から、この一年間における池田先生の指導を学ぶ事が重要なのではないかと考えます。
平成三年一月から十二月の指導を収められている『池田大作全集』第七十六巻・第七十七巻・第七十八巻、及び七十九巻の四冊は、仏敵との戦いに対して、いかに戦うかの必須教材だと思います。
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