スレッド一覧

  1. アラシ行為記録(17)
  2. 正義のあかし(42)
  3. 虚構の大石寺疑惑(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:14348/24037 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

教学レポートを読んで ①

 投稿者:重い荷物を背負ってよたよた歩く象  投稿日:2014年 9月18日(木)23時59分35秒
  通報 編集済
  教学レポートを作成されたのは教学部のうちの一人。
議題は、海外組織については少し触れる程度で、大半は大御本尊のことと思ってよい。
それにまつわる幹部批判が主な内容で、対象は、原田会長以下、上層部の6人。

その主張を端的に言うと、「好き勝手やるな。無知すぎる。会員のことも考えろ。」
だね。整理され、義憤が伝わる内容だが、実は、幾つもの背景が省略されている。

私なりに、教学的な内容に踏み込みたい。

背景となるのは、大御本尊が学会に無いこと。さらにもっと本質の問題はその大御
本尊には、歴史上、教義的な疑義が存在すること。これを教義的な次元でどう結び付け
て説明するのか今だに不明確なままなこと。これは報告書には無いけれど周知の事実。

教学部の提案(小委員会のさらに2か月前に提出)が、冒頭に示されている。(教1-1頁)
その骨子は、「他の御本尊は分身」という大御本尊との包括関係のみを見直すこと。
(※やはりねという感。私の予想大当たりだね♪、これでそれほどアホなことを言って
るわけではなかったってちょっとは分かってほしい。ちょっとは私にも分かってる。)
でも、そこでも大御本尊の意義については、これまで通り直接触れてはいない。

もし、これが実施されて、さらに一般向けにより踏み込んで説明されるのであれば、
私に不満なんかは無い。たとえあっても構わない。もっとも実施するつもりならだが。
でも、その予定は無く、この時でさえまだ無いと言ってる。さらに慎重を期すと。
具体的にどうするのか。

報告書には触れてはいないが、たとえ大御本尊との包括関係を見直すだけにしても、
大御本尊の位置づけに触れなければならないし、つまり、この下で述べている上層部
の場合の問題と「ほぼ同じ問題」を生じることは同じことなのだ。もしもそこを明確
にしない意図なら、一般人には、説明が無いのと同じ。雲をつかむ話になってしまう。

そこから学会上層部は戒壇の大御本尊の位置に学会の御本尊を提案したので、教学部は
難色を示しだす。とても無理だと。でも何かよい解決案というか代案は無い。

ああ、自分で書いてて、分かりにくい。(もっと簡単に書かねば。)

つまり、教学部はこの20年間、明確に、こうしようという説明を、未だにはっきりと
は持っていないということだ。

そして上層部のように「拙速かつ拙劣に」進めると多くの会員が困ることになると。
それは確かに嘘ではない。報告書は「同志を退転させ」るのかと糾弾している。

この報告書が伏せた事実は、まず最初の一つがここ。これは片側の事実でしかない。
大御本尊の意義について明確にされないと、困る人たちもいっぱいいるというのに。
これでは、いったい未来部に、どうしろというのか。


私のような人間には、大御本尊について云々されると、おそらく誰よりも辛さを感じる。
理屈ではない。しかしそれでも。
これからの人を考えると、それが許されないのも理解できる。
昔、私たちは教義を自信を持って語れたからね。今はその看板が無いのがわかるかな。
私たちは、科学は科学、信仰は信仰の理屈でいいけど。それは昔の経緯があるからで、
最初から、何ら説明もできないのに信じてねというのは、無理がありすぎる。

未来部のことを考えよう。これからの人のことを。
発心して、友達に勧めて、その友達から「大御本尊ってウソもん」と言われるのだよ。
どうしてこれから信仰しようと言う人が、迷信を信じて生きていこうと思うのかな。

無茶を言わないでくださいって。誰がそれで信仰の世界に足を踏み込めるとでも?
あなたなら出来ますか?
自分の子供たちのことや、多くの未来の人のことを考えてほしい。

それを明確にしないのなら、その間、一人一人、同志となる未来部を殺していっている
ようなものなのだけど。彼らは立場も弱く、大人に答えがないを知っているから、面と
向かってはまだ言わない。だけどそれが、今後の組織の発展にどれほどの問題であるか
なんて、誰でも想像できるはずなのに。

なぜそれが分からないのか。

一方で退転者の気遣いをされるのであれば、もう一方への気遣いが皆無なのは何故。
私に反論する人は、まずここ、この事実を隠したのが何故なのかを明示してほしい。
報告書の作成者にはここの意識が全く無い。少なくてもこの報告書の中ではだ。



そして作成者は、慎重を期していくと述べている。「ある時期に決着をつけなければ
ならないのは確かだが、」(教3-1頁)と。だがそれはいつかだと。

それはそうだろうなと誰しも思うけど、ここが私が伏せているという問題の2つ目。
いつかは結論が出ると漠然と語っているけど、この視点の延長線では永遠に来ないから。

実はありえないことを語っているのだよ。だいたい20数年も経って困惑してることで
分かりそうなものなんだけど。あと20年経てば、戦えるのかな。いいや違う。

今は結論を拙速に出せない、それはわかる。でも実は後でも出せないのだよ。これが事実。
その間、多くの同志が困るだけならまだいいけど、大人になるまで信じて待ってねではなく、
永遠に機会を失するけど後世の人は頑張ってねということになる。(後で述べるけど)

身延との数百年の論争の積み重ねがあるとか述べてる点でこの人の考えがわかる。
日顕宗や、正信会だって、20年後にも、また議論は先に積み重ねられていくのに。

学会がその時になって絶対に勝てるとうプランを立てれる人がいたら、可笑しいから。
20年後に日顕宗が日興上人の全文献から日亨上人の日記類まで全て公開するかな?
無いから、そんなの。最初から、その中で学会が戦っていかなければならないのに。

私が無いと断定する背景は別の所から。教義論争とか、昔は好き勝手な言い分が許されたけど、
だんだんと厳密な議論になってきて、なんとなく企業の特許係争に似てて、その経験から。

特許の世界も全容は不明で、最古層や海外や、どんな文献を後出しで出されてくるかなんて
わからないので、過去の経緯を探って同一視点で戦おうなんて、土台、無理な話なんだよ。

そこにこだわれば、残念ながらもう答えは存在しない。こういうと、私は結論だけ言いす
ぎるとよく言われるけど。こう言う人の個人の嗜好性に走ってても困るのだ。

報告者には、たとえ何年かかっても自分かあるいは後続の人がやるぞという気概があるの
なら具体性のあるプランの提示があるべき。出来ないからこそ、止む無く、幹部(上司)へ
の批判となっているのだ。

それでも後で出来ると思える人は手をあげてほしい。さらに大きなリスクを説明するから。
 
》記事一覧表示

新着順:14348/24037 《前のページ | 次のページ》
/24037