|
|
僕は組織にまともについてない立場から、『組織内での人間関係の軋轢』などで退転しないよう、そういうことをネットではやってますけれど。来年の春を目標に、組織との連携を図る前提で今はこの10年のまとめと準備に入ってるんですけどね。
件の宗門事件当時は僕は宗教に無知で『ハタから見た形』からの印象で判断するしかなかった。
二世で自分の意思で入ったわけじゃなく、たまにある座談会とかの集まりに出てるぐらいで、実際には全くわからなかった。当時は先生の話は悪い事を言ってるとは思わなかったけど、だからとて『自分』にとって何かプラスになってるのか『疑問』という状態、つまり『チンプンカンプン』だった。それで『活動』と言われても『宗教勧誘』にしかならないのが目に見えていたし、だいいち『価値』を感じてないものを、『活動』の強要では自分の利の目的で大切な友人を『利用』してしまう事に『嫌悪』しかなかった。さらに、そういう疑問・不安を見抜く人がいなかった事に加え、そういう人がいなかったのだから『理解する機会』も当然無いわけで。
地域が悪いのかと流転人生をあえて進めたものの、どこに行っても疑問・不安は解決することなく、流転がただ空転してるだけなのを悟って無理に組織に着く事をやめたんです。今ならわかるんだけど、ぶっちゃければ『福運』が無さ過ぎても組織にいられないんですね。まして今は昔より難しい状況の様子ですね。
時代はインターネットになり、たまたまその疑問・不安を氷解させてくれた壮年部の方がいました。『先生』の話がピンとこない僕には事実上の師匠でした。教学力と理解度に優れ、さらに文章力もかなりある方で、やっとここで『理解できる縁』に巡り合えたわけです。
それから数年が経ち、自分に起きてる事柄に『疑問』が生じてきました。
十分に納得してるのに、『無知』な時より明らかに状況が悪化してるんです。
その『疑問』を氷解させてくれたある婦人部の方がいたのですが。
その『事実上の師匠』から離れなさいと。当時は困惑と怒りだったけれど『ぬぐえぬ疑問』が生じていたのも事実だから、それで自分なりになんとか婦人部さんの言いたかった事が消化できて『不足分』を補えた。同時に、今は組織についてないとはいえ池田先生が『師匠』となってます。その理由ですが。
『理屈』と一緒に『相手の生命』も同時に受け入れる行為でもあるんですね。
むしろこっちの方が遥かに重要だろうと実感しているんです。
理屈の整合性だけでは長い目で見てかえって退転の元になりかねないんです。
事実、その『事実上の師匠』はトラブル相手を退転するよう仕向けてしまった実績を他の人から聞いていたから。
曼荼羅や題目や御書を重要視しているのは大聖人様の自覚できた『生命』を伝える目的の方便なんだろうと。理屈は生命を伝えるための方便でしかないのではなかろうか。信者に宛ててる手紙の非常に温かく思いやりに満ち満ちている雰囲気を展開させてから真意を明かしてる流れの文面が多いように感じるんですよ。
先生にしても、基本的には温かい思いやりでの態度などが多かったような印象なんですけどね。
理屈を言うのでも基本的には自然に感謝の心情が湧きやすいものばかりというか。
『相互感謝』の状況を常に目指していたのかなぁと。
話は戻りますが、今年の春に10年越しに地元と連携をとったけど、今はもう音信不通。この地域は疲弊が進んでる様子がわかったりなんですが。ネットでは公開できないけれど(アンチさんを喜ばせるだけだから)、どうやら『上』に獅子身中の虫が潜んでいるようでね。けど僕自身に起きてる現象は『この地』がどうやら旗揚げの場所、と見るしかない状態なんで。まったく頭が痛い。せっかく組織につける段階に自分がなれたと思ったら、その地域が大きな問題アリなのを知ったからね。先生が聞いたら激怒間違いないよ。
僕は組織上の『冬眠者』だけど、そんな状態の者がぜんぜん上の人をなんとかできるレベルにならなければ組織についたとて『獅子身中の虫』に『潰されるだけ』の状況。グチばかり言っても無意味だからネットであまり言ってないだけなんすよ。
さて、この『獅子身中の虫』さん。取るべき具体的な方針は僕の中では決まってます。
世間一般の組織のように『潰す』のでも『排除』でもなく『蘇生』が正しいだろうと。『潰す』『排除』の方針ではなんとかできるできないの結果に関わらず、その後にただ『衰退が待ってるだけ』だろうと直感してしまうんです。しっかり『準備』を整えた上で、またそれを来年の春までに成就できるよう、いま祈ってやってる最中です。
と、自己紹介がてらで長くなりましたが。
僕個人は今の組織の状態も『意味』があるのだろうと感じてます。
さらに広がるためにたぶん『必要なプロセス』の最中にあるんじゃないかなぁ。
|
|