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止めようとされる親切な人が多くて。私も迷うことがあるのですよ。
私が単に迷惑をかけているのか、でも、黙っていてよいのかと。
いろいろと。
由縁のある人のためなのか。
しかし私怨なら、他の人を巻き込んで学会を貶めてよいものかとも。
教学レポートの内容でさえ、2、3ちょろまかしていたのも。
それも知っていました。その他、自語相違も多く。
でも声に出してまで指摘すべきかどうか、きっとワケがあるのではないかと。
もっと私が知らない深い理由があるのかもしれないと。
結局、私は、それならそれでよいと思いました。
私が恥をかくだけでよいのではないかと。
学会が馬鹿にされていて、知っていて言わないことは苦しいですよ。(笑)
あとは嫌いでもない人たちの批判にならざるを得ないのは、本当に心苦しい。
躊躇していました。それだけはお許しが欲しかったのですよ。
では忌憚なく。
※ ああ、あと、端的にいきたいので言葉を略しますが、私の腹の中はいつも
同じです。私の表現は冗長で分かりにくいと言われるので、敬称とか、敬語とか、
すっ飛ばしますが、本当に御勘弁ください。
くらさいさん、
平成5年の御本尊下付のときの、その先生の指導を知らなかったと。
先生の指導を知らずに、戦ったと。非常に不審だと私は述べました。
しかし今は俄然、納得がいきます。
ここの多くの人たちは、先生がどう言われたか、気にも留めていなかったのかな。
先生は御本尊のことでさえ、全部、弟子に任されている御様子でした。
だから教学レポートの読み方が最初から私と全然違うんだと。
今になって分かりましたよ。
しかし、先生の重要な指導すら気に留めない人が、今回の問題がどうあるべきか
なんて、みんな、なんだか、本当におかしいですね。
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