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信濃町の人々さん、
> 精査された方々数人に確認を取りましたが
了解です。つまりあなた方は、先生の指導が空白だったと。
でも嘘をつかなかった点については、信頼できます。(一人除く)
知っていて当然なので、同時中継で文証とか、無茶言わないでください。
私にしてみれば、知らない人がおかしいのだから。
私の記憶では、以下の通り。
御本尊下付、正確には、無い人ではなく、本格的なお取替えを開始した時、
先生が初めて重要な発言をされました。
その運動について。
日顕の御本尊なんて嫌だよというのは心情からは当然ですが、従来の御本
尊から積極的に取り換えていこうというのは、必然とまで言えません。
つまり会員にとっては、少し驚きもあったようでした。
この運動を誰の責任で決めて、どんな説明で行なおうとしたのか。
先生は、御自分で紹介して、少し驚いたか、少し無関係な風に、
「好きにしなさい」と述べました。
すぐに話題は変わりましたけど、これで先生が御本尊下付の運動を御認めに
なったことが明らかになり、そしてお取替えは先生自らが決めたのではなく、
弟子が決めたことを追認したという形になっていました。
これは文証云々よりも、教学レポートでも同様。
先生の碑文を、弟子の間でどうするか決めていますね。
原田会長が文章中に大御本尊の「大」の文字を入れたいと。
教学部は、なにも「先生の碑文に文字を入れるな」とは怒っていません。
先生の文章に大御本尊の記載があると、先生に批判が集中するから
やめてほしいとの理由を述べて批判しています。
そのときに言えなくても、あとで書かれた教学レポートにも、そんな理由
しかありません。
弟子の間で、先生の碑文の御本尊の意義について、どうするかと。
学会の御本尊のあり方に深く関わる部分なのに。
実際には、具体的な選択に大幅な権限が、弟子に委ねられています。
先生への報告や御判断をないがしろにしたのではなく、最初から委ねられ
ていたので、その都度、御報告や御指導を受け、修正されていたと。
まあ、公開された場でそうおっしゃったんだから、だいたい内実も想像できますよね。
それでもお疑いなら、今更ながらですが、地域の人に聞けばわかるかと。
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