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御不安御不審があればと思い私の簡単なプロフィールを申し上げます。
昭和51年の入信で2世ではありません。
牙城会1年その後創価班2期として輸送を担当し大石寺には50回ほど
登山しております。
54年当時は男子部大B長として活動しておりました。
当時は東北に在住しており先生の雪の秋田指導の元になった
秋田県大曲市の寿仙寺で良かったかな?の住職とも
4時間ほど相対しております。
また岩手県の水沢会館に54年に先生が指導に入った写真が
聖教に掲載されましたがそこにも私は写っています。
一次二次と宗門問題に相対してまいりました。
第一次の後正信会の僧侶が日顕に相承が無いと攻め立てた時
日顕を守ったのは当時の学会首脳でしたよね。
その首脳が会員に何の説明もなくいきなり日顕は相承の無い
偽法主と攻撃し始めた時には驚きましたね。
これは両舌なのか否か?
また一時聖教で第一次宗門問題の時には山友と坊主にやられて
先生に勇退して貰った慚愧の念に耐えない旨、皆さん
おっしゃっておりましたが、であれば宗門と決別した時点で
先生が受けられるか否かは別として先生に再度会長になって頂くべく
お願いするのが筋だと思っていましたが何もしませんでしたね。
その辺りポンコツ爺さん様でしたら信心に元ずいた
確信がお有りと愚推致します。
ぜひその辺りを含めお会いしてぜひ御指導頂きたくお願い申し上げます。
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