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御返信同感です。よろしくお願いします。
カエル様はじめまして。
私の周りにも学会員で心を病む方々散見されます。
さぞかし苦しい事だろうと心よりお見舞い申し上げます。
私の周りに関しましては心を病まれる方は優しく
真面目な方が多い様に見受けられます。
宗教にはメリットとデメリットが存在します。
いわゆる毒性も有ると言う事ですね。
ここからは私の私見ですが現在の学会の問題点は
学会活動や支援活動と言う「手段を目的にすり替え無謬化した」
所にも一つの問題があると考えます。
学会活動はあくまでも自身が幸福になり平和な世界を構築する
手段であって学会活動自体が目的ではありません。
しかし大聖人の仏法を世間の商売宗教に貶めて利を貪ろうと考える
輩は活動自体を目的化させ学会活動だから正しい支援活動だから
正しいと洗脳しそこに毒を仕込んで流してきます。
そして魂の奴隷を造って行く訳です。
大聖人の心と相違背した活動を信じようとした場合
生命は歓喜を感じませんが心は懸命に信じようと
無理をつづける。その結果心が耐えきれず割れるのではとも考えます。
例えば新聞啓蒙ですが取らせるのは営業で読んで頂くのは信仰活動です。
その両者が全てのケースで上手く噛み合えば宜しいのですがそうも行かない場合
コピーでも切り抜きでも読んで頂く活動をなさった方を仏の如く賛嘆するべきなのですが
その様な事はあまり成されてはいませんね。
長くなりますので切り上げますがこの様な事例は多数存在します。
しかし大聖人の生命が流れない所に歓喜はありません。
歓喜の無い所に幸福はありません。
池田先生は常に「何の為」と言う原点を確認して進みなさいと指導されています。
私は納得のゆかない活動は幹部に問い質しました。
先生の指導との整合性を問い、整合性の無い納得の出来ない活動は
拒否しましたが罰など出ません。
功徳は沢山出ましたが。
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