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御書には「自他共に智慧と慈悲と有るを喜(き)とは云うなり」(761ページ)――自他ともに「智慧」と「慈悲」があるのをというのである?? と仰せである。
自分も人も「絶対的幸福」をつかんでいくための信心であり、広布の組織なのである。
人生、いろいろなことがある。悲しみがあり、苦しみがある。毎日、いやなこともある。夫婦げんかもあれば、離婚して不幸になる場合もある。仲が良くても、子どもが病気になることもある。自分が病むこともある。ありとあらゆる悩みがある。生きていくことが、どれほどたいへんなことか?? 。
その人生を「生きて生きぬく」ためのエンジンが信仰である。ロケットのように、悩みの雲を突きぬけて、ぐんぐん上昇していく。生き生きと、限りなく向上していく。幸福の大空を遊戯していく。そのための噴射力が信心である。
南無妙法蓮華経と唱えれば、「生きぬく力」がわいてくる。「希望」がわいてくる。煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)で、悩みを喜びに、苦しみを楽しみに、不安を希望に、心配を安心に、マイナスをプラスに、すべて変えながら生きぬいていける。絶対に行き詰まりがない。
大聖人は「妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり」(御書947ページ)妙とは蘇生の義である。蘇生とは蘇るということである――と仰せである。
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