|
|
学会活動だから正しいのでは無く「正しい事を学会活動として行わなければならない」
と考えます。これは御書にしろ先生の指導にしろもちろん覚える事も大切ではありますが
その指導を人生の糧としてどう生きたかが最も大切な事だと確信します。
悪しき宗教者は妙の部分いわゆる曖昧な部分につけ込んで信徒を騙し取り込みます。
例えば御本尊、曼荼羅は大切な物だと教えられます。しかしその大切さの内容
を紛らわしく紛然と刷り込んで来る訳です。息を吹きかけるなとか
まるで特別な物のように信じ込ませます。
しかし本当は自身の対境としての大切さであって信心が無ければ
ただの印刷した紙です。しかし怖さを刷り込まれると
火事場に御本尊を取りに飛び込む信徒が出ます。
しかし大聖人がその場にいたらそんな事を許しさせると思いますか?
曼荼羅などいくらでも描いてあげるからそんな馬鹿なことは
止めなさいととめると思いませんか?
これは極端な例かと思われますがこのような
曖昧な宗教的欺瞞を打ち破り自身で考え悩み祈って
歩まなければ人間革命などあり得ないと考えます。
自身の人生の大切な決断を他者に委ねる生き方は間違いです。
|
|