社説:人質事件報告 さらなる検証が必要だ
毎日新聞 2015年05月23日 02時33分
「政府による政府対応の検証」という印象である。後藤健二さんら2人の日本人人質殺害テロに関する検証委員会の報告書のことだ。委員15人の中には大学教授ら識者も5人含まれているが、委員長の官房副長官以下、政府や関係省庁の幹部が10人を占める。これでは「救出の可能性を損ねるような誤りはなかった」と結論しても説得力を欠くだろう。
報告書を基に国会で集中審議などを行い、事件と政府対応の詳しい情報を国民に示すべきである。犯行組織は人質の殺害を「日本の悪夢の始まり」と呼んだ。再発を防ぐには、野党も含めて政府に批判的な意見を聞き、議論を深める必要がある。
確かに、政府対応に致命的な誤りがあったとは言いがたい。安倍晋三首相の中東歴訪が過激派組織「イスラム国」(IS)による日本人殺害につながったとの見方もあるが、歴訪や首相演説は口実に過ぎまい。国際テロ組織アルカイダは2003年のイラク戦争を境に、日本を明確に敵視するようになった。13年にはアルジェリアで天然ガス施設が襲われ日本人10人が死亡している。
ただ、誤りがなかったのは、日本が解放交渉に関して「ヨルダン頼み」に終始したからだろう。対策本部が置かれた同国も空軍兵士を人質に取られ、収監する死刑囚との交換が焦点になっていた。このため後藤さんの解放も含めて、日本よりヨルダンが窓口になったわけだ。
だが、今後、日本単独で対処すべき事件が起きたらどうするか。報告書によれば、政府はISが「理性的な対応や交渉が通用する相手」ではないとして直接交渉を行わず、関係各国や部族長、宗教指導者らを通して接触していた。他方、ISと縁がある日本のイスラム学者が仲介を申し出た際は「(ISへの)支援にもつながりかねない」として申し出に乗らなかった。
この辺は人命が絡む難しい選択であり、結果論だけで判断することはできない。だが、ISがアルカイダをしのぐ残虐な組織として台頭したように、今後IS以上に凶悪で対応が難しい組織が出てこないとも限らない。日本として、よりしたたかで重層的な対処能力が問われているのは言うまでもなかろう。
そのためには、報告書が言うように情報収集能力の向上やアラビア語などの専門家の育成も必要だろうが、「平和国家・日本」のイメージを揺るぎないものにすることも大切にしたい。報告書には、なぜ日本人2人が標的とされるに至ったかの詳細な考察がみられない。テロリストにおもねる必要は毛頭ないが、日本人は中東でどう映っているのか、冷静に考えてみることも必要だ。