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【コラム】

筆洗

 古代パルミラの人々にとり、墓とは「永遠の家」だったという。パルミラはシリア砂漠のオアシス、シルクロードの交易都市として栄え、三世紀にローマ帝国によって滅ぼされたが、「永遠の家」はひそかに残った▼四半世紀に及ぶ発掘調査で、当時の葬送のありようを探ってきた日本西アジア考古学会会長の西藤(さいとう)清秀さん(61)によると、古代パルミラの墓の造りは、家そのもの。何世代もの家族が葬られ、その彫像が並ぶ▼「生の家と死の家がつながっていた。死んでもそこに入って待てば、やがて家族も来る。そこに行けば、いつでも家族と会える。家族が一体となれる場所だったのです」と、西藤さんは話す▼そんな古(いにしえ)の人々の心豊かな暮らしぶりを伝える人類の宝が、危機に瀕(ひん)している。多くの文化遺産を破壊してきた過激派組織「イスラム国」がついにパルミラを掌握したという。遺跡はこれまでの内戦でも損なわれてきたが、最悪の事態を迎えるかもしれぬのだ▼十四年前、アフガニスタンのタリバンがバーミアン遺跡の大仏を爆破したとき、皇后陛下は、こう詠まれた。<知らずしてわれも撃ちしや春闌(た)くるバーミアンの野にみ仏在(ま)さず>▼憎悪や不寛容、あるいは他者の痛みへの無関心。そうした誰の心にも巣くう影が広がって、大仏を壊し、今度は「永遠の家」を永遠に消し去ってしまうことになるのだろうか。

 

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