抜井規泰
2015年5月21日11時45分
■大相撲 ちょこっとウンチク
今場所、立行司の式守伊之助は一つの軍配を使い続けています。江戸時代から受け継がれてきた「譲り団扇(うちわ)」と呼ばれる軍配です。ほとんどの行司は、後援者から贈られるなどして複数の軍配を持っており、場所中は何面かを使い分けるのが普通ですから異例と言えます。
譲り団扇は相撲博物館の所蔵品で、年3度の東京場所の際に博物館から伊之助に託されます。代々の式守伊之助に引き継がれ、40代の現伊之助が全15日間を通して使うのは、襲名してから初めてになります。
軍配の表面には、金色の漢字6文字が記されていますが、どう読むのかは分かっていません。日本相撲協会が書道の先生に鑑定を依頼したのですが、正確には読めなかったそうです。
あえて読めば、右上から、「つとめる」「すすめる」「つまびらかにする」。左上から、「打つ、たたく」「押す、打つ、背負う」「ちから」といった意味ではないかとみられています。しかし、一体何を伝えたいのかは分かりません。相撲協会に伝わる、解明できない謎の一つです。
この軍配は、幕末に伊予(愛媛県)の久松家から、のちの5代式守伊之助に贈られ、何人かの行司をへて三役格行司の木村今朝三(けさぞう)が所蔵していました。かつては行司が親方になることもあり、今朝三は錦島親方を襲名。この軍配を相撲協会に寄贈し、1955年5月から正式に式守伊之助の譲り団扇となりました。
ところで、江戸時代に花開いた「錦絵」は、実は非常に精密に描かれています。1884(明治17)年ごろに描かれた錦絵には、譲り団扇の漢字6文字がそのまま正確に記されていました。
ちなみに、譲り団扇の裏面には和歌がしたためられています。これは正確に読むことができます。
《いにしへの ことりつかひの おもかけを 今ここに見る 御世そめてたき》
「ことりつかひ」というのは、奈良、平安時代の宮中の行事であった「相撲節会」(すまひのせちえ)を催す際に、各地から力士を召し出すための使者です。和歌は、「その昔のことりづかいの面影を、いま見ることができる世の中こそありがたい」といった意味でしょうか。(抜井規泰)
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