プロフェッショナル 仕事の流儀「水道技術者・笑喜久文」 2015.05.18


黙々と地面に向き合い続ける男たちがいる。
特殊な機械で探るのは地中の僅かな音。
都会の生活音に紛れるたった1つの音を探し出す。
水道管から水が漏れ出る音。
機械では峻別できない僅かな違いを耳だけで判断する。
地中深く修繕工事が必要な場所を的確に見つけ出す。
生活音の少ない深夜に働く水道局の通称「フクロウ隊」。
見逃せばこんな事故にもつながりかねない漏水を防ぎ人々の生活を守る。
その中で圧倒的な力を誇る「スーパーフクロウ」がミャンマーに派遣されていた。
東京の水道を人知れず守り続けてきた男。
長く軍事政権が続いたミャンマー。
遅れている水道設備の刷新を真面目一徹のこの男が担う。

(主題歌)東京都の水道を世界トップのクオリティーに押し上げてきた功労者の一人。
漏水ではない。
漏水です。
担当になった当時全く聞き取れず給料泥棒と言われた。
その技術を待つ人のために。
水道が使えない18人の大家族がいた。
気温40度に迫る灼熱の国。
生活に欠かせない水を届ける。
日本の威信をかけた闘いに密着!ミャンマー最大の都市ヤンゴン。
朝8時半。
日本から派遣された2人の技術者と共に笑喜が出勤してきた。
朝から気温30度を超えるこの地で滞在は5か月目を迎えていた。
笑喜はとにかく真面目一点張りの男だ。
過酷な環境にも不満は一切口にしない。
きっちりヘルメットをかぶり現場の見回りが始まった。
今回のプロジェクトはヤンゴンの中でも最も水道事情が悪いマヤンゴン地区を対象に行われる。
簡易の水道が引かれているものの配管技術が低いため方々で水漏れが起きせっかくの水が届かない家が数多い。
大半の家では数日に一度しか水が出ない。
やむなく地下水や雨水を毎日何度もくみに行く生活を強いられている。
笑喜たちの滞在期間は半年。
日本の水道技術を現地のスタッフに教えながら工事を進めていく。
ここで培った技術を他の地区の水道の改善にもつなげていくねらいだ。
今回のプロジェクトで最も難しい作業があった。
あちこちで起きている小さな漏水を発見し修繕する工事だ。
漏水はささいなものでも地区全体に影響を及ぼしかねない大事な問題だ。
水道はポンプで圧力をかけて水を押し出す事で家庭の蛇口に届く仕組みになっている。
大事なのは管全体が密閉され圧力が保たれる事だ。
だが今ミャンマーでは方々で漏水が起き水道の圧力が下がってしまっている。
そのためメインの水道管を離れた場所では水がほとんど出なくなっていた。
果たして漏水箇所はいくつあるのか。
一つ一つ見つけ出し修繕しなければならない。
ヤンゴン市たっての依頼で立ち上がったプロジェクト。
この半年で地区の隅々まで水が届くようにする事が笑喜たちの目標だ。
地面の下の漏水を聞き取るために笑喜さんが使うのは「音聴棒」という道具だ。
これを水道管に当て伝わる音から漏水の有無はもちろんその場所までを特定していく。
この日調査をしていた笑喜さんがある管の前で立ち止まった。
まるで聞き取れない。
水道管は通常ほぼ音がしないが水漏れすると僅かに雑音が聞こえるようになる。
だが問題はその音が小さい上に車の振動音などよく似た音がたくさんある事だ。
最も紛らわしいのが下水の流れる音だという。
まず漏水音がこちら。
他にも自動販売機の音。
(自動販売機による疑似音)更に同じ漏水音でも路面の材質によって音が変わる。
(各路面での漏水音)漏水か疑似音か。
その判断で地面を掘るかが決まる重要な仕事。
その腕はいかなるものかテストさせてもらった。
(女性)1つ目の音です。
漏水です。
これは漏水じゃない。
漏水ではない。
音が低いんですけど漏水ですかね。
これらの音の違いを音響の専門家に解析してもらった。
漏水の音と下水の流れる音を周波数や強さの面から測定すると非常に似通っていて機械的に聞き分けるのは極めて難しいという。
1つとして同じ音はないと言われる漏水音。
30年かけて聞き分ける技を磨いてきた笑喜さんはそのコツをこう語る。
笑喜さんの頭の中にはこれまで聞いた膨大な音のデータベースが蓄積されている。
そして道路の材質などを観察しここで水漏れがあるならどんな音になるのかイメージしながら聞いていくのだという。
連日気温が35度を超える中笑喜の漏水調査は続いていた。
水漏れの音が聞き取れたとしても原因となる破損箇所はすぐ近くとは限らない。
時に10m以上離れている事もある。
更にミャンマー特有の事情が場所の特定を難しくしていた。
日本なら当然あるはずの水道管の配管図。
それがないため水道管がどこにあるか手がかりがつかめない。
しかもミャンマーではスパゲッティ配管と呼ばれる水道管が束になった構造が当たり前。
水を家に引くために住民たちが勝手に分岐させたものだ。
パイプが密集しているため漏水音が別の管に伝わってしまう。
だが笑喜は顔色ひとつ変えず僅かな音を頼りに発生源に迫っていく。
漏水対策一筋30年貫く信念がある。
笑喜が漏水箇所を特定した。
ビニールテープで固定されていたが管が接続できていなかった。
小さな修繕を終わりなく繰り返す。
そんな日常を淡々と続けてきた。
もしもし。
はいはい起きてた?今7時なんだけどこっち。
もう9時…9時半?はい元気でやってますんで。
今日もなんかすげえ暑かったよ。
そっち寒いんだろう?じゃもうちょっとだから頑張るから。
はいはいはい。
仕事が休みの日もつい水道の事を考えてしまう笑喜さん。
この日ある場所に向かった。
街の水源となっている貯水池だ。
十分な水量を保っていた。
水道局でひたすら漏水と向き合ってきた人生。
その裏にはどんな闘いがあったのだろう。
笑喜さんは昭和28年鹿児島の生まれ。
ふるさとは山あいの小さな町だ。
農家の次男坊。
いずれ家を出なければならない事は小さい時からよく分かっていた。
昭和47年地元の工業高校を卒業すると東京へ出た。
水道局で働く事が決まっていた。
配属されたのは新しく建てられたビルや家に水道管を引き込む部署だった。
生来生真面目な性格。
仕事は性に合っていた。
22歳で結婚。
2人の娘にも恵まれた頃転機が訪れた。
漏水を調査する部署への異動だった。
当時の東京は漏水率10%以上。
貴重な水が無駄になっている事に加え水質や事故への懸念から漏水箇所の修繕が急がれていた。
深夜のフクロウ隊勤務が始まった。
最初に漏水音を聞かせてもらったあとは実地で調査を行いながら見よう見まねで勘をつかんでいくしかない。
しかし笑喜さんは飲み込みが早い方ではなかった。
(疑似音)「漏水があると思って聞け」。
先輩の教えどおり真面目に疑うほどどんな音も漏水に聞こえてしまう。
それでも漏水かもしれない場所を見過ごすわけにはいかない。
怪しい箇所を掘り返しては無駄に終わる日々が続いた。
ある日同僚から冗談交じりにこう言われた。
恥ずかしかった。
「何とか一人前になりたい」。
人一倍経験を積むしかないと思った。
漏水が出たと聞けば自分の担当エリア以外にも出向き音を聞かせてもらった。
(高い漏水音)そしてその音を一つ一つ現場で覚えた。
(低い漏水音)それでもまだ的中率は上がらない。
笑喜さんはこつこつと自分なりの工夫を凝らしていった。
あえて音を絞って聞いたら集中力は上がらないだろうか。
道路の材質などから起こりうる漏水の音をあらかじめイメージできれば見つけやすくなるのではないか。
更に地面を掘り起こす工事を徹底的に観察しどう漏水が起きているかなぜその音になるのか一つ一つ頭に刻み込んでいった。
下水の音との違いが分かるようになるまでに8年かかった。
そして次第にそれぞれの音がどんな音が混ざって出来ているのか分析できるようになった。
56歳の時には際立った能力が認められ水道局でも数少ないエキスパートに認定されるまでになった。
笑喜さんが自分に言い聞かせてきた事がある。
1つ音を聞く度に必ず自分は進化するという強い意志を胸に刻んで。
ミャンマーで新たな音に向き合っている。
・「ああ高校三年生ぼくら道はそれぞれ別れても」2月中旬。
笑喜たちの滞在期間は残りひと月となっていた。
漏水の修繕を一とおり終えた事で家庭に届く水の量は改善されつつあった。
しかしこの時期ある大事な課題が残されていた。
マヤンゴン地区の350世帯ほどのうち一番外れに位置する数世帯で水の出が極めて悪い。
そのうちの1軒を訪ねた。
家の水道を見せてもらう。
蛇口を全開にしているにもかかわらず水はほとんど出ていない。
ここに暮らすケッケさん家族は18人の大所帯。
6年前出稼ぎしている夫の収入から費用を割いて水道を引いたにもかかわらず満足に使えない状況が続いていた。
やむなく近くの家から地下水を買い炊事や洗濯を行っている。
ケッケさんの家に水が届かない背景にはある根本的な問題が潜んでいた。
ケッケさんの家は地区の外れ水道の一番下流に位置している。
ここに水が届かないという事は大本のポンプの圧力が足りない事を意味していた。
地区全体の水道が改善された中で取り残されているのはケッケさんたちなど数世帯。
残りの期間でどれだけ改善できるか。
最後の闘いが始まろうとしていた。
笑喜たちはプロジェクトを次の段階に進めると決めた。
水を送るポンプの圧力を上げる。
ただしリスクがあった。
そうです。
今の弱い水圧でもようやく漏水が収まったばかり。
だが水圧を上げなければこれ以上の改善は望めない。
そのやさきの事だった。
この日日本からある連絡が入った。
ふるさと鹿児島で母シヅ子さんが亡くなったという知らせだった。
笑喜は急きょ1週間日本に帰る事になった。
笑喜が帰国して2日後。
いよいよポンプの圧力を上げる作業が始まった。
水圧をこれまでの2倍に上げた。
果たして新たな漏水はどのくらい発生しているか。
この日静かな夜間を利用して全ての水道管の調査が行われた。
15分後早くも漏水が見つかった。
この夜見つかった漏水は7か所。
翌日からもう一度修繕工事を始めなければならない。
地区の住民からは苦情が寄せられた。
水圧を上げたあとこれまで使えていた水道から水が出なくなったという。
その日の夕方笑喜が日本から戻ってきた。
悲しみをみじんも見せず現場に舞い戻った。
笑喜が真っ先に尋ねたのはケッケさんの家の水道がどうなっているかだった。
だが笑喜の思いとは裏腹に現場の士気は下がっていた。
一度は終えた修繕工事をもう一度行う事に現地スタッフは不満を募らせていた。
この日一つの現場から工事が止まっているとのSOSが入った。
既に教えた工事だが現場はお手上げだといって動かない。
笑喜は黙って現場に向かった。
配管のしかたをもう一度丁寧に教えていく。
水道管を45度ずつ曲げ高い水圧にも耐えられるようつないだ。
笑喜は現地スタッフの士気が低い中でも修繕をやめない。
ここに来て半年。
どうしても伝えたい思いがあった。
水道は一部の恵まれた人が使えればよいというものでは決してない。
誰もが等しくその恵みを受けられるそのために働く事を誇りとしてほしい。
小さな漏水箇所を一つ一つ見つけては丹念に工事を続けていく。
作業のかたわら笑喜は一人メモをとっていた。
いつか役立つ日に備えた準備。
気温は40度に迫っている。
その中で笑喜は予定されていた全ての工程をやり遂げた。
帰国の日の朝を迎えた。
最終日も朝4時まで水道管の見回りを続けた笑喜。
仕事に明け暮れた半年が終わった。
笑喜はいつもどおりの表情でミャンマーを後にした。

(主題歌)2日後あのケッケさんの家を訪ねた。
蛇口からは水が流れ続けていた。
マヤンゴン地区には笑顔があふれていた。
漏水について言うといかに多くの音を聞くとかそういう経験をいっぱい積んだ人。
それをまたいざという時に出せる人がプロフェッショナルかなと思ってます。
2015/05/18(月) 22:00〜22:50
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀「水道技術者・笑喜久文」[解][字]

深夜の東京…。地中の音から水道管の漏水箇所を見つけ出す、水道局の通称ふくろう隊。その中でスーパーフクロウと呼ばれる笑喜久文(62)のミャンマーでの闘いに密着!!

詳細情報
番組内容
深夜の東京…。地中の音から水道管の漏水箇所を見つけ出す、知られざるプロたちがいる。水道局の通称ふくろう隊。地盤沈下などの事故につながりかねない漏水を耳で発見するエキスパートだ。その中でも群を抜いた実力で“スーパーフクロウ”と呼ばれる笑喜久文(62)が、今年ミャンマーに派遣された。水道が劣悪で使えず、地下水などに頼る生活を続けているヤンゴンの家庭を救うため、現地へ。水を届ける闘いに密着した!!
出演者
【出演】笑喜久文,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

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