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イルカ入手問題 水族館に影響も

5月21日 19時12分

松枝一靖記者、黒瀬総一郎記者

日本の水族館を揺るがしていた問題に結論が出ました。
「追い込み漁」と呼ばれるイルカの捕獲方法について、動物園と水族館の国際組織が「残酷だ」と指摘。日本の水族館がこの方法で捕獲されたイルカを入手するのを改めなければ、「日本動物園水族館協会」を除名処分にすると通告していたのです。
日本の協会は20日、国際組織に残留するため、追い込み漁でのイルカの入手を禁止することを決定しました。
水族館の運営への影響も心配されるこの問題について、社会部・松枝一靖記者と科学文化部・黒瀬総一郎記者が解説します。

苦渋の決定

東京・霞が関にある環境省。詰めかけた大勢の記者やカメラマンを前に、20日午後6時、日本動物園水族館協会の記者会見が行われました。
会見の冒頭、荒井一利会長は「WAZA=世界動物園水族館協会に残留することを要望し、追い込み漁で捕獲したイルカの入手は行わないこととします」と述べ、加盟する水族館が追い込み漁でのイルカを入手することを禁止することを明らかにしました。国際組織に残留するため、イルカの入手方法を抜本的に見直さざるをえないという結論でした。

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一方で、荒井会長は「協会として追い込み漁や捕鯨の文化を否定しているわけではなく、国際組織に認められなかったので今回の決定になった」と述べ、苦渋の決断であったことをにじませました。

脱退か残留か 揺れた1か月

WAZAが日本の協会に厳しい通告を突きつけたのは、1か月前の先月21日。日本の協会の会員資格を停止し、イルカの入手方法について1か月以内に改善策を示さなければ除名処分にするとしたのです。

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WAZAが問題視したのは、和歌山県太地町で行われている「追い込み漁」。複数の漁船でイルカなどの群れを入り江に追い込み、捕獲する漁法です。
太地町では県の許可を受けて行っていますが、追い込み漁を批判的に描いたアメリカの映画「ザ・コーヴ」が5年前にアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞し、捕鯨に反対する環境保護団体などからの批判が強まっていました。
WAZAは追い込み漁が「残酷だ」として、日本の水族館が、この漁法で捕獲されたイルカを入手していることが倫理規定に違反すると指摘していました。
日本の協会は、WAZAに残留するためイルカの入手方法を改めるか、それとも国際組織から離脱するのか、難しい選択を迫られたのです。

水族館・動物園 それぞれの懸念

残留か離脱か、いずれの結論になっても、影響が懸念されました。
組織に残留するために、追い込み漁でのイルカの入手をやめることについては、主に水族館側から懸念の声が上がっていました。
国内ではイルカの繁殖に成功している水族館もありますが、まだ一部にとどまっていて、規模の小さな施設など多くの水族館がイルカの入手を太地町の追い込み漁に依存しているからです。ショーなどで人気があるイルカが入手できなくなれば、施設の運営に影響が出かねないとする水族館もあります。

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一方、WAZAからの離脱については、国際的に孤立するという懸念が、主に動物園側にありました。
絶滅が危惧されるような希少動物の取り引きはワシントン条約に基づいて厳しく規制されていて、国際組織から離脱すれば、国際的な繁殖計画の枠組みに参加しにくくなるなど国内での希少動物の展示や繁殖に影響が出るという見方もあります。
日本動物園水族館協会に加盟する施設は、89の動物園と63の水族館。協会は、投票による多数決で方針を決定することにしました。
152の施設のうち、投票を行ったのは149施設。残留の希望が99票だったのに対して、離脱は43票、無効票は7票で、WAZAへの残留の方針が決まりました。

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イルカ展示への影響と今後

追い込み漁での野生のイルカの入手や、輸出・販売への関与を禁止することになった今回の決定。国内の水族館のイルカの展示に影響は出ないのでしょうか。
イルカの寿命は長いため、今、飼育している水族館ですぐに影響が出ることはないとみられますが、長期的にはイルカの数が不足し、全国的に今のような規模ではイルカの展示ができなくなるおそれがあります。
そこで今後、重要なのが、水族館での繁殖です。日本の協会も、追い込み漁でのイルカの入手の禁止とともに、繁殖を推進していく方針を示しました。

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世界的に見ても、欧米ではイルカを繁殖によって確保するのが一般的になっています。
例えば、アメリカでは「海産哺乳類保護法」によってイルカの捕獲は、原則禁止されています。1990年代以降、水族館向けの捕獲は行われておらず、水族館にいるイルカのおよそ7割は繁殖されたものです。残りも、座礁して保護されたものなどです。
ヨーロッパでも、野生のイルカを捕獲することは「野生生物取引規則」によって原則禁止されています。
繁殖を効率的に行うため、人工繁殖などの技術も進んでいます。
日本でも昭和30年代から繁殖の取り組みを行ってきました。
神奈川県の江ノ島水族館では繁殖によって5世代目のイルカまで生まれていますし、千葉県の鴨川シーワールドでは人工繁殖で生まれたイルカが子どもを産むなど成功例もあります。
ただ、繁殖に成功している水族館は一部にとどまっています。
多くの施設が、繁殖のために必要な専用のプールを確保できないことや、繁殖のために必要なノウハウを持っていないことがその理由です。

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イルカの繁殖に詳しい三重大学大学院の吉岡基教授は、「これまで以上に水族館どうしや技術協力できる研究機関、それに国も一緒に連携して繁殖に取り組むことが重要だ」と指摘しています。

展示の見直しも検討を

ただ、今後イルカが不足するからといって、それをすべて繁殖などで埋め合わせることだけが解決策とは言えないのかもしれません。
欧米の水族館に対しても、イルカの保護団体からショーを目的とした繁殖はやめるべきだという指摘も出ています。
日本各地の水族館では、近年、飼育設備の向上によって、これまでにない展示の試みが行われています。例えば、あたたかい海に住むチンアナゴのような魚を展示したり、滝つぼのある水槽を作って川の上流の勇ましい魚の姿を見せたりするなど、魅力的な展示が増えています。
イルカの展示を続けるための努力をする一方で、今回の問題を契機に、水族館の新しい展示の在り方を探ってみてもよいのではないかと思いました。


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