生まれたときは、180グラムほどだった2頭の体重は、現在およそ1キロで順調に成長しています。
姉の桜浜はマイペースで、妹の桃浜は、おてんばな性格ということです。
親子揃っての公開は、午前10時まえから夕方4時半までです。
『徹子の部屋』祝!10000回放送カウントダウンスペシャル!
(黒柳)『徹子の部屋』のご出演第1回目の時でございますが「祝!10000回カウントダウンスペシャル」ということで今日のゲストは『徹子の部屋』の歴史を語るのにふさわしい加山雄三さんでいらっしゃいます。
『徹子の部屋』が始まった1976年の4月始まってすぐの時においでくださってそれからコンサートの出演を含めて41回出ていただいてます。
41回っていうのは最高の方でいらっしゃいます。
ありがとうございます。
加山雄三さん今日のお客様です。
まあ1万回おめでとうございます。
コンサートも含めてなんですけどね。
すごいですね。
毎年毎年お正月のゲストでいらしたでしょ?おかげさまでありがとうございました。
コンサートも随分なりますんで毎回出ていただいていますのでそれも含めると41回っていうので最多出場者っていうことになっております。
ありがとうございます本当に。
本当に本当にありがとうございます。
そう。
あの…そうそう。
お正月には毎年来ていただいて最後の時には家族全員でね出ていただいたっていうね…。
6人でお世話になったことがございましたですけども。
そうでしたよね本当。
でも何事があっても爽やかな加山さんです。
お変わりがないです。
でね最初に出てきてくださった時なんかね歌を歌ってくだすったんですよ。
『ぼくの妹に』って。
あっそうですか?そうです。
ところがね残念ながらですねそこの1回目の…これです。
あっ本当だ。
本当に…なんていうの?本当に若大将っていう感じがするんですけど。
いや子供だな。
なんかせがれみたいだな。
だけどねあの時にテープが残念だけど残っておりませんので…。
今この曲はお好きで今でも歌ってらっしゃるっていうことで…。
『全日本歌謡音楽祭』で特別賞をお取りになったんですね。
そういうことも色々ありまして『ぼくの妹に』という曲をですね歌っていらっしゃるのを…ちょっと見ていただいて…。
あるんですか?それ。
「ぼくの妹なら愛ひとすじに」『あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭』。
そうだ。
76年ですよ。
特別賞です。
「一人の人に」でもやっぱり変わってないと思うけど変わってんのよね。
変わってますよ。
全然変わってるやっぱり。
どこが変わってる…太ったんだろうな体重が。
そうかしらね。
可愛い。
「それがこの頃ぼくもまぶしい」でもこの時からもう歌うまいんだ。
はい?この時からもう歌うまかった。
いやそんなことはないですよ。
でも伸び伸びした声。
「打ち明けた恋」なにか賞をもらって。
表彰をもらった。
『全日本歌謡音楽祭』の特別賞。
「幸せになろう」「愛するとは信じることさ」これ去年じゃないですか?そうです。
去年の武道館でなすったのと…。
音はでも同じですね。
あっそう…?爽やかに歌う人もいるじゃない。
ああはいはいはいはい。
やっぱり違うな。
30年経てばやっぱり変わりますね。
そりゃ…そりゃ人間変わりますよ。
無理。
「そばにいなくなれば淋しいけれど」でも歌の歌い方は違うねやっぱりね。
「ぼくはただ君が幸せならいい」これもご自分でお作りになった曲でしょ?そうですはい。
すごいですよね。
妹さんお元気でいらっしゃるの?えっ?もう元気だと…はい。
子供もいるでしょうからね。
ええええ。
そうですよね。
それからお正月のゲストで毎年毎年子供が1人増え2人増え3人増え4人増えというように毎年毎年増えたお話をしていただいて毎年毎年…。
もう芸能界で55年?そうですね。
僕は今年で55周年目に入りましてこの間の4月でもって78歳になりましたおかげさまで。
すごいですよ皆さん。
78歳ですって。
それでもまだ夢を持ってらっしゃるんですからすごいんですけども。
初めの頃出ていただいた時ね紋付きで…。
お正月だったんでね紋付きでいらしたんですけど。
その時これ。
あら。
これね笑っちゃうんですけどこれ借り着だって…。
衣装部で借りたって仰ってましたよあなた。
そうですよ。
僕持ってないですこんなの。
そうそうそう。
ないからね僕借りたって。
だからあれが違うと思うんですよ紋が。
紋所が?紋所が。
でもまあそれらしい感じで「これ借りたんだよ」ってあなたが仰ってね。
私は一応自分の着物で来たんですけど。
あっそうですか。
これ残念なんですけどちょっとVTRが残っていないんですけど。
その次の時においでになったのはタキシードでいらしたんですよ。
タキシードの時はね「これは僕の一張羅だけどこれは僕のタキシードで僕が」…。
これこれこれ。
これ自分のだっていうふうにね自慢していらっしゃる映像でございます。
42歳。
ああでも42歳…。
これはねありますVTRが。
あっそうなんですか?よかったらちょっとお見せしますのでご覧ください。
「去年は和服?」「はい。
借りてきた和服でしたけど…」「局のでしたが今年は?」「今年は自前のタキシードで」「ステージやなんかによく使ってるものですから」「ああ。
そういうのは何枚もお持ちでらして?」「いいえ。
そうたくさんはありませんけれども」「3着ぐらいありますか…」「また一段と歌がお上手になったのは本当に驚きましたけど…」「やっぱり場を踏むということはね人間にとってすごく大切だなと思いましたね」「ですから僕の場合も歌を…要するにコンサートをやったりあるいはどこそこのパーティーでもって歌うとかそういう場を踏むということによって自然に…まあ変な話自信がついたんじゃないかなと思いますけどね」そうね。
本当に初めの頃もお上手だったんでしょうけど途中で私が気がついてある日…あっ本当に声がいいんだと思って。
すいませんありがとうございます。
これねやっぱりね借金返すのでね歌ってたからねそうなんだっていうふうにちょっと仰ってて。
もう伺えば伺うほどお上手になっていたのですごいなと思って…。
やっぱり聞くと話ししてる声が若いですねやっぱりね声がね。
そう?声がなんかすごい…若いですよ。
子供っぽいっていうか。
子供っぽい?フフフッ。
もう息子…息子42ぐらいになった?そうです。
だからちょうどその頃でしょ?これ。
そうそうそう。
息子と同じだと思えばね。
それに比べれば息子よりは大人っぽいとお思いでしょうたぶんねご自分でね。
長男は今でも花火やってる?花火やってます花火。
絵も描いてます。
すごいね。
あの子の才能がああいうところに出ると思わなかったもんね。
そうですよ。
我が家のトットちゃんですからね。
そう我が家のトットちゃん。
どうなるかと思ってたんですが私もうれしかったわ。
あんな花火ねデザインもしてそれで音楽も一緒にやってね。
あれはいいですよね。
「好きこそ物の」…でね。
大したもんですよあれ本当に。
本当。
もうみんなあれ楽しみに…。
2人で10曲曲を選んで…。
あっそうでしたね。
その年々に自分の身に起こった色んな思い出を話す随分長い番組…。
一番最後に聴きたい曲っていうのでねそれが同じなんですよって。
びっくりした。
『MYWAY』でね。
そうです。
うれしいことがあるんですよでも。
いいのかな?言っちゃって。
何ですか?フランク・シナトラと僕がその『MYWAY』でコラボレーションすることになったんですよ。
えっ!えー!そう。
ええ。
彼のオーケストラがありますよね。
うんあるある。
マルチで録ってますからフランクのも入ってるわけですよ。
それでどこかに僕とこうスイッチングして…。
曲うまくお互いが歌ってるってわかるの?はっきり。
わかると思いますよ。
もちろん違うから声がね。
違うかな?似てるかっていえば似てると思うんですけど。
似てると思うけどもね。
でもあちらからそういう要望があって東洋人で初めてだそうです。
フランク・シナトラがコラボレーションする…。
あなたのあれ…『MYWAY』どこかで聴いたのかな?だと思いますね。
えー!出るの?だからなんかすごいうれしいですよ。
うれしいでしょうそりゃ。
だって自分がもうこれ本当生涯歌いたい最高の曲ってこの間選んだんですよね。
ええそうそうそう。
黒柳さんもそれ仰った。
私もそうですよ。
っていうことでそれがこうやってねコラボレーションできるっていうことになったらこれはね大変なことだと思いましてね。
あっそう。
おめでとうございましたね。
それは面白いことですよね。
ありがとうございます。
ちょうど55周年が始まってすぐですからね。
そうね。
じゃあちょっとその前に戻るんですけども43歳でいらっしゃる時に『徹子の部屋』に出ていただいたのをそこを見ましてそれからまた続けて44歳の時も出ていただいてどんなお話していらっしゃるかちょっとご覧ください。
「まず今日のお召し物なんですが…」「ある会社で作っていただきまして」「あっそう。
ステージ用でも3着なんですか?」「ええ。
タキシードっていうのは大体そんなに着ませんのでね」「まあ3回やったから3着とそれを使い回して着てます」「あなたは1回のコンサートに1着なの?」「替えないの?洋服はあまり」「大体ねタキシードっていうともう青かそれから黒か白かと」「そうするともうその着る場所だったらそのタキシード色々その演出によって取っ換え引っ換えやるだけで」「あっそう」「そうやってお若い時からスターでいらしてこうやってずっとそれを乗り越えていらっしゃるっていうのはなかなかね」「まあねやっぱり僕はVSOPで生きておりますんで」「VerySpecialOnePatternで生きております」「VerySpecialOnePatternなんですか?」「それがいいんじゃないですかね」「“初心忘るべからず”“初志貫徹”っていいますかね」「やっぱりだから高校時代に自分がなにか生きるということのねなんか基本的に命というものは大切なものだと思って一つやり通そうとしたことはあくまでもやり通すという」「それがなんかこの世界入ってからもずっと脈々と続いてるといいますか…」「それがいいみたいですね」いやー。
うんハンサム。
でもなんかあれねお父様にも似ていらっしゃらない…っていうかね。
ちょっとね違う。
違いますね。
うん。
お母様にも似ていらっしゃらない?ちょっと違うようなね。
ちょっと違いますね。
やっぱりね。
どうしてそうなるんでしょうね。
不思議ですよね。
どちらもお奇麗だったんですけども合わさるとこういうふうに…。
44歳の時のをちょっとご覧いただきます。
「いつも若々しくお正月に本当にぴったりの方なんですけど」「お洋服張り合ってね」「着物張り合って…」「今年はもうあんまりビシッとしないで少しスポーティーに…」「去年の…タキシードです」「一番最初は借り着の紋付き。
あなたね」「これは局からお借りしましたですね」「それから色々あったんですがなんか…安物とかって仰ってたけど本当なの?それ安物なんですか?」「よくわかんないんですけど何しろ家にあったからもうこれで…っていうことで着てきたんですけどね」「でもなんかとっても若々しい感じが…」「おふくろもね大体物事非常に考え方が若い人だったんですよね。
歳に似合わずね全日本選手権に…40代ですからね出てみようって言ってスキー担いで神奈川県代表で出ましてね」「今考えるとねあっ俺の年齢でもって全日本選手権…しかも女の人がですね」「子供がある程度大きくなったのが早かったっていうこともあるけれども」「僕自身も一緒に神奈川県の国体の予選やなんか一緒にねスキー担いでじゃあ行こうか!ってなもんで行くわけですよね」「そういう気持ちの若さっていうのはおふくろの代からそうだということだと思うんですね」うーんお母様もそうだったのね。
すごいだから…まあアスリート系ですかね。
おたくね。
お父様は?おやじはラグビーをちょこっとやったりなんかしてたらしいですけど。
これあなたとお母様?そうですね。
現役時代ですよ。
スキー両方とも。
うんすごい。
国体の神奈川県代表で僕が出て。
あなたが出て…。
おふくろは出たんですけど女子のほうは自費でないと出られないんですよ。
そうなの?予算が出ないんですよ。
予算が出ないの?はい。
あっそう。
じゃあ代表でお出になったぐらいスキー…。
一応ね2回ほど出ましたけど。
なんかあなた1回…なんかスキーかなんかでケガしたことなかった?すごいケガ。
ありましたね。
あれ試合が終わってからね。
1回転倒したんですよ。
だからここのところもっとかっ飛んでいけばよかったんだなと思ってそれでバッと思い切りやったんですよ。
やったらもっとひどい目に遭って崖から落っこっちゃったんですよ。
そうだ。
ね。
それで長いことゴロゴロやって最後に止まったのはいいけどそれがこんな切り株のところに腰からダーンと当たってここなんかずれちゃったみたいで。
大きな声を出しても届かないようなところにいた…。
落っこっちゃったの?落っこっちゃった。
しばらくお休みだった時ありましたよね?それで。
そうですね。
それで本当にひどい目に遭って…。
それでそういう色んなことがありまして。
常にあんなふうにちょっとお話ししてらっしゃるんですけど。
夢があって。
波瀾万丈色々あったんですけども夢があって。
前もちょっと伺ったけどあまり詳しく伺ってないんですよ。
海に関することで。
ね。
船を造ると。
そうですね。
やっぱり本当にガキの頃から持ってた夢。
それは自分で設計をして最高の船を造ると。
どういうことで最高かって…とにかく今は考えてるのはエコですね。
エコね。
燃料が全くいらない船。
それで全部賄えるというような船をね。
それが災害救助船になったらいいなと思いますね。
なるほど。
大きい…相当大きいの?そうですね。
だからある…例えば離島なんかもし電源もなくなって水もなくなったりしたらそこへ行けば供給できると。
あなたのところ…。
あなたのところはソーラーとかそういう色んな…。
全部それを装備してはい。
なるほどね。
でも設計もご自分でおやりになるって。
はいやってます。
すごいね。
それでなんか80になった時に行くっていう話だったけど行かれそう?ええ。
その予定でいますけどね。
あと2年?あと2年。
あと2年あればできそう?そうですねまあね。
へえー。
そのつもりでいます。
1回行ったらどのくらい行ってらっしゃるつもりなの?あのね全部そのまま回ればいいんですけどもやっぱりエコのことをねある程度宣伝するといいますかね色んな人に取材してもらって…。
本当に人間はやっぱりこれから先のことを…地球のことを考えたらば本当にこういうふうな形でもってやっていかないと…。
つまり再生可能エネルギーだけでもって生活もできれば維持もできるんだっていうふうなことが少しでも宣伝になればいいなと思いますね。
だから意識改革のなんかきっかけになったらいいかなと…。
色んな国々へ行ってね。
そうですね。
だから時間っていう問題よりも色んなところ…7つの海全部回ろうと思ってるんですよ。
7つの海全部をね。
初めの頃お出になってて「若いな」とか「俺みたいじゃない」とかって仰ってましたけどそれも当たり前なんで何十年も前の話なんであれですけども…。
20キロぐらい太ったんだって?ええ。
もう最初の頃本当に細かったですからね。
63キロぐらいだったやつ今83ですからね20キロ多い。
63っていったら女の人だってそのぐらいの人いるぐらいですもんね。
今は大きい方も多いですからね。
だからそれから思ったら…。
前が痩せてたんであって今はいいんじゃないですか?それで歌なんか歌うのには本当に今の体調がね…。
この…体調っていうんじゃない。
体形。
体形が歌を歌うのにはもう最高だと思いますよ。
フランク・シナトラだってなんだってみんなそんなふうでしたものね。
まあねそう言っていただくと…。
なんだか船長のお洋服…。
ああはいはい。
船長のお洋服で来ていただいたことあるんですよあなたほら。
あっ本当だ。
すごいでしょ。
あっこれたぶん…。
7回目の時。
うーんあっ…今の光進丸ができて間もなくですねたぶんこれ。
これ着ていらっしゃったっけ?あなた…。
これはもうその時に作っただけでですね…。
あんまりそんなには…普段は着ない?今名誉船長はやってますけどね。
あっそうなの?でもうれしそうね。
やっぱり船のこと…。
うれしいんですよやっぱり。
うれしいね。
笑い方が心の中から笑っていらっしゃるっていう感じですもんね。
でもまあとにかくエコシップにお乗りに…ね。
なんか食べるものあるじゃないですか。
なんかね何だろう?随分食べるものが…。
あなたがお作りになってきたんでしょきっとこれ。
これ?うんそう。
あなたがお作りにならなきゃこんなもの出さないものだって。
へえー。
あなたがなんかデザートかしら?作ってくださった…。
あっそう。
なんかわかんないけどたぶんそう。
まあそういうこともあるんですけど。
今年の『徹子の部屋コンサート』の話でいきなりなんでございますが加山さんに出ていただける…。
いいんですか?もちろんでございます。
加山さん出ていただきます。
それでねいつものように南こうせつさんですね。
それからね今年はねそこにねさだまさしさんが出てくださってね。
それに近藤真彦さんマッチが出てくれて森山良子さんそれに和田アキ子さんというね…。
うわー素晴らしい。
すごい顔ぶれです。
加山雄三さん南こうせつさんさだまさしさんマッチ森山良子さん和田アキ子さん。
それで11月30日でございます。
30日。
今年はですねまあちょっと…特別『徹子の部屋』も40年になりますもんですから武道館で。
すごい。
ですからね…違うのよ。
武道館ってあなた今最年長でしょ?本当は。
そうじゃない?はい。
それでそのあと私が出て私が最年長になっちゃったらその次あなたがまた今最年長になってるのにこれで私がやっちゃったらまた最年長になっちゃうからあなたは私のあとでまたおやりにならなきゃいけない。
日本武道館で。
はい。
まあどっちでもいいですけど。
11月30日に日本武道館でいたしますのでぜひ。
『徹子の部屋コンサート』でございます。
それから大阪では12月6日にフェスティバルホールでございます。
それで去年のVTRをちょっと見ていただいてね。
あなたが『MYWAY』を歌っていらっしゃるのかしら。
えっそうでしたっけ?うん。
ちょっと見てください。
緊張してる。
いやいや。
なかなかこれだけね歌う方も…難しいんですけど。
今のね『MYWAY』って私も大好きなんですけど歌詞が大好きなんでね。
日本語で歌うとどんなに素敵かっていうことを…。
本当は日本語ならこういうことで…。
ちょっとご紹介したいと思います。
ちょっとコマーシャル挟みますね。
コマーシャルです。
ポール・アンカさんという方が…ポール・アンカという方がこの曲も歌詞も作ってフランク・シナトラに。
ポール・アンカのコンサートにねフランク・シナトラが見に来てくれたんだって。
へえー。
私のこの好きな『MYWAY』っていうのの歌詞。
英語の歌詞をちょっとまあサッと訳して。
さっきお歌いになりましたよね。
あれはこういうことです。
そのとおり。
ね。
大体の人がこれねそのとおりだと思うんだ人生が。
やっぱり人間って思いどおりに生きるんだと思うんですよやっぱりね。
何を言われてもね。
そうですね。
やっぱり自分のやり方でやってきた。
それを後悔してないっていうこともね。
「Ididitmyway」っていう…。
黒柳さんと僕とがね合ったのはね自分の好きなことを楽しんでやってればね歳を取らないのよって2人で…なったじゃないですか話が。
いやーそのとおりだなって…色々間違いもあったけどもさと。
だけども俺は俺なりに生きてきたんだよと。
それがつたなくあっても自分がやりたいようにやってきたから後悔することはないしこれで人生の幕がここで下りるとしてもまあいいじゃないかってね。
うんそう。
もうたまらないですねこれ本当に。
いい歌です。
歌詞も本当にいいですよね。
素晴らしい。
本当に素晴らしいです。
そんなに若いポール・アンカが作ったと思えないようなね。
あなたのこれからの人生はさっき船のことは伺いましたけど。
これからどんなふうに考えていらっしゃいます?やりたいことをやるっていうのがやっぱり一番だと思いますしそれから一つ事をずっと突き詰めていくっていうかな…。
歌にしてもそうですけど。
やっぱりこう…「継続こそ力なり」じゃないですけどもね。
僕はね大好きなマザー・テレサさんのね「人生は夢です。
叶えなさい」。
たったそのひと言ですよ。
すごいですよね。
いいですよね。
そうね。
それに僕は従って生きていきたいなと思うぐらいね。
でもそういうふうにあなたはご自分で映画にはお出になったんだけど船が造りたいからお金が欲しくて映画に出たって…。
不浄の…不純な…。
そうそうそう。
それもあったし船もいつかはできるだろうとね。
それから歌も歌うことになったし音楽も…ギターもお弾きになるし。
それから絵も描ける。
それでもうじき80ですからこの方。
お若いでしょ?皆さん。
いやいや…。
それはありがとうございます。
またね。
ありがとうございました。
おめでとうございました。
いつも見てますよ。
2015/05/21(木) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 第9996回 加山雄三[字]
〜41回最多出演!!超お宝映像大放出〜加山雄三さんが今日のゲストです。
詳細情報
◇ゲスト
1976年2月に始まった『徹子の部屋』、その2カ月後の4月に初登場。以来、特番や“徹子の部屋コンサート”の放送も含め、男性ゲスト最多出演の41回を誇る加山雄三さんがゲスト!
◇番組内容
今年は自身の芸能生活55年とも重なる記念イヤー、『徹子の部屋』と加山さんの歴史を振り返る。
まずは何と言っても初登場39歳の記念すべき放送。当時では珍しいスタジオで熱唱するフレッシュな若大将が写真に残っている。また、同じ年の10月に行われた歌謡音楽祭で『ぼくの妹に』を歌う加山さんの超お宝映像も紹介。
「祝1万回カウントダウンSP」にふさわしく、番組40年の歴史に残る貴重映像連発でお楽しみください!
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)
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