(テーマ音楽)宮城県南三陸町歌津地区にある泊浜の集落です。
泊浜で漁業をしながら消防団の副団長を務める…孤立していた集落を救うため狭い農道を広げ車の通り道を作りました。
あの日高橋さんは泊浜から10キロほど離れた場所で大きな揺れに襲われました。
引き返して向かった先は何かあった時消防団が集合する海を見下ろす広場です。
津波被害を防ごうと高橋さんは団員の一人と海岸にあった水門を閉めに向かいます。
しかしふだんは簡単に閉まっていた水門が地震で壊れたのか動きません。
なんとか閉めようとしているうちに潮位がどんどん上がってきます。
高台に向かう途中津波が町に押し寄せてくるのを目にします。
泊浜では125戸あった住宅の半分が流され3人が犠牲になりました。
しかし震災前から毎年行っていた避難訓練のおかげで多くの人たちが無事でした。
この建物は震災の3年前津波に備えて高台に造られた自治会館です。
家を流された住民の多くがここに身を寄せる事になりました。
避難生活は計画どおりに進むと思われましたが大きな問題が起きていました。
ほかの地域につながる県道ががれきで塞がれていたのです。
道路の復旧にはかなりの時間がかかると思われました。
高橋さんたちが思いついたのが高台を走る農道の整備でした。
その道は草が生い茂り道幅も狭く車が通れませんでした。
高橋さんは避難所にいた土地の持ち主たちに相談します。
所有者たちは快く道の拡張を了解してくれました。
工事に使う重機はほかの地区の消防団員が準備し操作もしてくれました。
3日後軽トラックが通れる仮設道路が完成。
この道は県道復旧までの1か月間警察や自衛隊救援物資の輸送にも活用されるまさにライフラインになりました。
2015/05/21(木) 10:50〜10:55
NHK総合1・神戸
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県南三陸町 高橋一郎さん」[字]
東日本大震災に遭遇した人々の証言。宮城県南三陸町の高橋一郎さんは、ガレキでふさがれ孤立した地区を救うため、農道を拡張して救援物資の輸送路を確保した。
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番組内容
東日本大震災に遭遇した人々の証言。宮城県南三陸町の高橋一郎さんは、ガレキでふさがれ孤立した地区を救うため、農道を拡張して救援物資の輸送路を確保した。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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