(鳴き声)北海道南東部。
広さ100ヘクタールの牧場。
24時間365日。
牛を放牧で育てている。
自然に生える草やクマザサを自由に食べている。
でもこんな飼い方で畜産が成り立つのか。
はいはいはいはい。
(鳴き声)3年前この放牧を始めた女性。
餌代などに見合う売り上げが得られず牛を飼うのを諦めかけた。
しかし父の代から30年以上続けてきた牧場。
餌代ほとんどゼロ自然任せの放牧という大胆な挑戦にかけた。
すごい!すっご〜い!霜降りの牛肉の対極にある赤みの硬い肉。
新たな消費者をつかみ始めている。
野生牛で生き残りをかける畜産農家。
その日々を追った。
北海道の南東部。
日高山脈と太平洋に囲まれた様似町。
冬には氷点下20度まで気温が下がる。
携帯電話の電波も届かない山の中にその牧場はある。
広さは100ヘクタール。
東京ドームが20個以上入る。
私たちが牧場に通い始めたのは3月。
育てられている牛は34頭。
夏に刈り取った牧草を定期的に与える以外餌は自力で探す。
頭をぶつけ合って遊ぶのは雪の上。
眠る時は雪のない土の上を選ぶ。
喉が渇くと牧場の中を流れる沢に入っていく。
冬に入れる沢は限られるため押し合いへし合い。
(鳴き声)おっフキノトウだ。
牛も探しているようだ。
ねえ。
ねえあんたちょっと。
牛に話しかけているのは牧場主の…3年前24時間365日の完全放牧を始めた。
人間が例えば今日が5度だったら牛たちにしたら15度くらいなんですよ。
だってがっちりとね牛革で。
しかも毛つきの。
母牛が子どもに乳を飲ませている。
実は一般の畜産ではほとんどありえない。
飼育の能率を上げるため子牛は生まれてすぐ引き離されるからだ。
自分で産んでああやって今おっぱい飲んでるけど自分でまあ好きな時におっぱいが飲めて自分の子どもとず〜っと好きなだけ一緒にいれてって幸せだと思いません?主役は牛だと思ってるので。
牛に合わせる飼い方をしたいなって。
5月。
北の大地に桜が咲いた。
牧場が一気に芽吹く。
野草の新芽を黙々と食べている。
牛の体重が増える。
けがをしていないか外に出ていないか。
奈緒子さんは一日2回広い牧場を見て回る。
座り込んで反芻している。
一度飲み込んだ草をまた口に戻して日がな一日。
牛たちが牧場の柵を乗り越えていた。
お目当ては道端に生えていたクマザサだった。
食べ終わった牛たちは再び牧場の中に戻り駆け回っていた。
奈緒子さんはこの野生牛の放牧で家族5人暮らしていく事を目指している。
準備オッケー。
(奈緒子)準備オッケーですか?今は末っ子で小学6年生の健生くんと2人暮らし。
帯広の畜産大学に通う長男はアパート暮らし。
次男も釧路の高専で寮生活をしている。
夫は別の牧場で働いている。
フフフフフ。
楽ちん楽ちん。
いい子だね〜。
は〜い行ってらっしゃい。
(健生)じゃあね。
じゃあね。
しっかり先生の話聞いて!ほとんど誰も挑戦した事のない完全放牧に乗り出した奈緒子さん。
それは牧場の生き残りをかけた崖っぷちでの選択だった。
奈緒子さんが父親から牧場を継いだのは19年前。
牛肉の輸入自由化で安い海外産が大量に日本に入り価格が大幅に落ち込んでいた。
更に経営を悪化させた餌代の高騰。
牛を売れば売るほど赤字が膨らみ800頭いた牛が9頭になった。
最盛期に1万戸以上いた北海道の畜産農家は3,000を切った。
このままでは親子2代で作り上げた牧場を手放すしかない。
奈緒子さんはコストを徹底的に省いた完全放牧に活路を見いだそうとしたのだ。
だって土地もあるんだし牛もいるんですよ。
だからあとはやる。
やるかやらないかでやればいいだけの事だったのでこれはもうやはりやめてはいられないなっていう思いでした。
未知なる挑戦を始めて3年。
経営はいまだに厳しい。
去年一年に出荷できた牛は5頭。
売り上げは250万円ほどだった。
一方土地や牛舎にかかる年間100万円ほどの税金。
重機の燃料代などの経費を足していくと売り上げを超えてしまう。
(奈緒子)来て座って!春休み。
3か月ぶりに家族5人がそろった。
はい。
(一同)頂きます。
家族は夫の雄三さんがほかの牧場で働いて得た収入で暮らしている。
実質夫は休みないんですよ。
向こうで働いて休みの日はこっちで働いてっていう。
本当に感謝してますよ。
(奈緒子)そこは聞きたいね〜。
牛に感謝すれって事ね。
ハハハハハ!この日奈緒子さんが牛の完全放牧で何を大切にすべきか深く考えさせられる出来事があった。
(鳴き声)生まれたばかりの子牛が死んでいた。
この3年で初めての事だった。
(奈緒子)ごめんねごめんね。
昨日も全然大丈夫で群れと一緒にいたんですよね。
これでも産んだばっかりですね。
あ〜。
(鳴き声)ごめんごめん。
(鳴き声)ごめんね。
(鳴き声)ごめんごめん。
よいしょ。
母牛は子牛のそばから離れようとしない。
(鳴き声)それから1時間。
全ての牛がいるか数えていた奈緒子さん。
(鳴き声)あれ?やっぱりいない?あの母牛がいない。
下で子牛探してますね。
子牛を産み落とした場所に母牛はいた。
奈緒子さんがどんなに近づいてもその場を動かない。
一般の畜産では見る事がない母親としての牛の姿。
野生牛の生きる力を大切にしていくべきだと奈緒子さんは感じていた。
(鳴き声)外で生き抜くっていうのは本当に過酷だろうなっても思ってて。
でもそこを乗り越えて初めて生きる力っていうかそういうものが備わると思ってて。
その力ってお肉になってもきっと宿ってるっていうか。
だからそこをやっぱり伝えたい。
2年前奈緒子さんにとって心強い出会いがあった。
滋賀で肉の卸会社を営む新保吉伸さんとの出会いだ。
新保さんはBSEが問題になった2001年ごろから牛肉の安心安全にこだわった仕入れを進めてきた。
知人の紹介で奈緒子さんの完全放牧の事を知り去年から仕入れを始めた。
ほとんどサシの入らない赤身は野山を駆け回り草だけで育った野生牛の証し。
食の安全への関心が高まる今消費者をつかんでいくと考えたのだ。
そういうものを口にしてますし。
そう思いましたね。
新保さんが仲間を連れて牧場にやって来た。
東京や京都の食材にこだわりを持つシェフや新保さんたちとつながりを持つ消費者などが参加した。
(牛の鳴き声)すごい!
(鳴き声)目の前で野山を駆け回る牛。
母牛の乳を飲む子牛。
参加者たちは目をみはっていた。
参加者の一人が早速動き出した。
東京・世田谷でフランス料理店を経営する鈴木信作さん。
店の壁に牧場で撮った写真を貼り出した。
野生牛本来のうまみを味わってもらうため火は入れ過ぎない。
野生牛独特の赤い肉。
この日の客の多くが初めてその肉を味わう。
すごい!すっご〜い!すごいなこれ!こういうイメージかなと思って作りました。
何かローストビーフ調な焼き加減ですよね。
なかなかナイフの通らない硬い肉。
うんうん。
いつまでも口の中でかみ続ける。
もっと野生牛を食べられないか。
新保さんのもとには今問い合わせが毎日のように来ている。
新保さんは新たに1頭出荷してほしいと奈緒子さんに注文した。
今こういう時代ですからね。
興味ある方多いんですよね。
舞い込んだ新たな注文。
しかし今出荷できる牛はいない。
飼料が入ったバケツを持って奈緒子さんが動き出した。
1頭を早く太らせて出荷しようというのだ。
来ないわ。
おいで!選んだのは出荷できる状態に一番近い雄牛。
(奈緒子)おいで!間もなく2歳になるハッサン。
奈緒子さんは耳についた標識番号の下2桁にちなんでそう呼んでいる。
トウモロコシが入った栄養価の高い飼料。
ハッサンはもりもり食べている。
厳しい経営が続く中やむをえない選択だと奈緒子さんは考えていた。
まあ一般的に飼ってる一般的な方法でやればもっと経営も安定して…う〜ん楽なのかなとも思うんですけど。
ところが…。
ハッサンに異変が起きた。
まだちょっと残ってるもんほれ。
残ってるもんハッサンほらおいで。
餌を残すようになったのだ。
(奈緒子)ハッサンおいでおいで。
ほれ。
更にほかの牛が牛舎の近くを通ると柵の隙間から首を出し見つめている。
本当はどうすべきなのか。
このまんま例えばこれでストレスがかかってるとしたらこのストレスのかかったまんま出荷してしまうのが果たしていいのかなって。
出荷まで1週間余り。
奈緒子さんの表情が変わっていた。
牛舎の扉を開けた。
いいよハッサン。
いいよ。
いいよ。
(奈緒子)あ〜よかったね〜。
よかったね〜。
あ〜出れた。
元気に動き回るハッサンを見つめる奈緒子さん。
「完全放牧にかける」。
奈緒子さんの答えだった。
その日その日を生きてるっていう感じがして何かそれでもいいんだなっていうか。
たくましいなって思って。
何かいろんな事を考えながらやってるけどでも実際ここに来てそのおんなじ空気を吸っておんなじ風に当たると何かねこれでいいんだって思うんだよね。
ハッサンの出荷の日。
北海道の畜産が厳しさを増す中で始められた野生牛への挑戦。
道のりはまだまだ険しいが少しずつ手応えを感じ始めている。
牛を生き物として突き詰めていく道。
そこにかけたいと奈緒子さんは考えている。
(マイケル)
これは極東の国日本を訪れた2015/05/21(木) 00:10〜00:40
NHK総合1・神戸
NEXT 未来のために「“野生牛”にかける〜北海道 畜産農家の挑戦〜」[字]
牛が野山を駆けまわり、エサも繁殖も牛まかせ。そんな“野生”に近い肉牛を出荷しようという畜産農家が北海道に現れた。エサ代高騰のなか始まった大胆な挑戦を見つめる。
詳細情報
番組内容
北海道様似町にある広大な畜産牧場。そこで3年前から取り組まれているのが、牛を野山に放ち、エサも繁殖も牛まかせという“野生”に近い肉牛の飼育だ。名づけて”完全放牧野生牛”。肉質は硬く脂身のほとんどない赤身肉だが、いま都会のシェフや消費者からの注文が少しずつ増え始めている。エサ代高騰のなか始まった、人の手をかけずに家畜を育てるという大胆な挑戦を見つめる。語り:杉本哲太
出演者
【語り】杉本哲太
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ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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