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この真相はいかに・・・ 投稿者:悪汁ブシャー 投稿日:2014年10月18日(土)23時52分56秒
イササカ先生のこの投稿気になるな~。
警察もこの板みてんのかなあ?
怪文書「天鼓」の真相 番外編 一 投稿者:イササカ先生 投稿日:2014年10月17日(金)15時17分22秒
歴史は繰り返す !
第一次宗門問題の時代
創価学会の顧問弁護士という地位を利用して稼いだ悪銭で、会社を設立し、わが世の春を謳歌していた山崎正友がいました。
しかし山友は、大名経営をしたあげく、事業が破綻し、気がつけば四十五億円もの負債を抱え、暴力団関係者に追われる身となったのです。
その莫大な借金を作った際、H条会長らに肩代わりさせ、さらに学会首脳にカネを要求したことから、学会はついに、一九八〇(昭和五十五)年六月五日、山崎を警視庁に告訴します。
警視庁は、半年におよぶ内偵の末、翌年の一月に山崎を恐喝罪で逮捕しました。
四月二十四日、奇しくも三代会長・辞任の日に、山崎は弁護士資格を返上。
その後、山崎は裁判で悪あがきを見せますが、七十五回の厳正な審理を経て、東京地裁は懲役三年の有罪判決を下します。
山崎は最高裁まで戦いましたが、一九九一(平成三)年、最高裁は一審・二審どおり山崎の恐喝を認め、三年の懲役刑が確定しました。
そして栃木県の黒羽刑務所に収監されたのです。
山友がまだ学会の顧問弁護士時代、
山友のもとで共に働いていたのがH社(葬儀屋)のK林氏だったのです。
この人物(K林氏)を、もう少し掘り下げて、ウォッチしてみたいと思います。
怪文書「天鼓」の真相 番外編 二 投稿者:イササカ先生 投稿日:2014年10月17日(金)15時20分1秒 編集済
二〇〇五年九月十二日。
中国「香港ディズニーランド」が開園しました。
世界で五地域目の香港ディズニーリゾートで、ディズニーパークとしては十一番目の開園。
アジアでは東京ディズニーリゾートについで二地域目の施設となります。
誘致を行った香港政府が約半分を出資しました。
なぜ、こんな話をしたのかというと、K林氏にとってたいへん関係の深い話だからです。
K林氏といえば、平成三年から始まる第二次宗門問題で、
「地涌からの通信」を発信していたペンネーム「不破優」だ、ということは《怪文書「天鼓」の真相二》で述べました。
この「香港ディズニーランド」の開園に際し、「グッズ販売権」を手に入れたK林氏が、
「H社」と並ぶ関連会社「H斗」の香港事務所として、K林氏の子息(長男)を代表とする「煌星国?有限公司(会社)」を設立したのです。
そしてK林氏は、もともと中国(シンセン)に持っていた工場を利用し、グッズを作って一儲けを画策しました。
しかし香港ディズニーランドは、世界のディズニーランドの中では、
「面積が最小」、「アトラクション数が最少」、「営業時間が最短」と不人気で、K林氏の関連会社「煌星国?有限公司」の業績は悪化の一途をたどります。
そして、わずか1年半で営業停止に追い込まれ、巨額の負債を抱えることになったのです。
それと同時に、八百人もの中国人が失業する事態に発展しました。
この時、香港の学生と労働運動家の組織SACOMが活発に抗議活動を行い、
折からの反日気運の盛り上がりもあって、労働争議に発展し、テレビや新聞等でも大きく取り上げました。
怪文書「天鼓」の真相 番外編 三 投稿者:イササカ先生 投稿日:2014年10月17日(金)15時21分33秒
Wikipediaによると、
「二〇〇七(平成十九)年九月十二日、 香港ディズニーランドのメインゲート前にて香港の学生と労働運動家の組織SACOMが、労働者の権利保護を訴え納入業者に対するウォルト・ディズニー・カンパニーの行動規範違反に抗議を行った」とあり、この労働争議はかなり長く続いたようです。
つまりK林氏は、この「投資失敗」で莫大な借金(億単位)を負い、補填を求めてディズニー本社と裁判で争っているといいます。
そして、この負債の弁済を学会の顧問弁護士・Y尋氏や事務総長のT川氏らに肩代わりしてもらったのではないか、と噂されています。
もともと、このK林氏を「学会の攻防戦の中枢」に引き込んだのは、Y尋(副会長)顧問弁護士です。
サザエさんの情報では、
この一件以降、K林氏は「学会中枢の攻防戦」には、もう絡ませてもらえないようです。
そうなると、学会中枢にとってK林氏は「最大の敵」になる可能性も出てきます。
どうするのでしょう、中枢は。
「歴史は繰り返す」という言葉があります。
「歴史に答えがある」との言葉もあります。
冒頭に記した「山友」、の下で働いていたK林氏のやっていることは、山友そっくりです。
K林氏の負った負債が、どの程度のものだったのか。
信濃町がどのようにして、肩代わりのカネを捻出したのかは分かりませんが、
警察が踏み込んで調査すれば、さまざまなことが見えてくるのではないでしょうか。
この原稿を書いていたら、ふと、こんな御文を思い出しました。
「総じて因果をしらぬ者を邪見と申すなり(446㌻)」
おわり。
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