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私は、会長は先生に対して、大誠実の方だと信じています。だからこそ、私利私欲でなく、急ぐ必要性を感じられていた。その理由は、ここで書くべきことではないと思っています。その外の方は、会長が急がれていることを知って、自分の利害と見事に一致していたために、その功を狙いに行った。私はそう思っています。
レポート?、文書?、呼び方にはこだわりませんが、教義には、いずれ決着をつけないといけない問題があるので、教義改変そのものがおかしいのではなく、独断専行がおかしい、そういう意味で出された文書だったと思っています。
話は変わりますが、昔はがんを告知すべきか、告知すべきでないか、大問題でした。今は、概ね告知するようになっていると思います。
でも、告知と不告知の間に、「伝わる」があるのです。信頼関係さえあれば、告知しなくても伝わるし受容もされる。今は、そんな形での教義変更が必要なのだと思います。
文書を巡る論争で思ったことです。
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