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ふらんす人さんへのお返事です。
>第6代会長は師匠が手塩にかけて育て、自ら選ばれた会長です。
>その意味では第4とも第5とも全く違うと思います。
そうでもないみたいよ。あなた方の友達の矢野絢也氏が和解前に、こんな証言を。
学会本部近くの料亭『光亭』に竹入氏と二人、呼び出されて池田氏と会食したときのことは忘れることができない。
「会長を辞めることになったんだよ」
池田氏はボソッと言った。私もなんとなく不穏な空気を感じてはいたが、まさか事態がそこまで追い詰められていたとは知らず、飛び上がらんばかり
に驚いた。
「四人からそれしかない、と言われてな。次の会長は北条になる」
四人というのは原田稔(のちに第六代会長)氏、山崎正友氏、原島嵩氏、そして創共協定の野崎氏である。事態収拾のために宗門と打ち合わせ、この
四人はこうなったら先生に会長をご勇退いただくしかない、と進言したという。
「北条も秋谷も知らん顔をしているだけだ」
「会長は辞めるが、俺は絶対に負けない」
「俺は間違ってない」
そう言いつつ、寂しそうだった。これほど落ち込んだ池田氏を見るのは初めてだった。
(矢野絢也著『私の愛した池田大作』226頁~227頁)
http://firestorage.jp/download/dd11e7914f882ef9e942cc323fd56a75212148d7
先生に勇退を迫った四人がだれであったのか、ここに明確に記されている。
矢野の手帳に、ちゃんとこの日の懇談の記録が残っているんだろうな。
真っ先に、山友や原島より先に名前が挙がっているのが、原田稔現会長。
第4代、第5代が知らん顔だったというから、第6代のほうが辞任には積極的だったということか。
これでは、第4も第5も第6も同じじゃね?
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